ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

東芝を巡る物語 - 第二次入札までを振り返る

はじめに

スポンサーディールが話題になっているが、私のような田舎者からすると、スポンサーディールとはなんぞや?という感じではあった。そこで、スポンサーディールについて調べていたところ、東芝の案件にたまたま引っかかったのだが、なかなかこの案件は興味深い。今回は何もインサイトはないが、東芝の身売り(?)(実際には身売りではないのだと思うが、このエントリーでは分かりやすく身売りということにしたい)について開示資料に言及しつつ、簡単にまとめていきたい。

背景事情その1:東芝の不正会計

東芝の身売りは元を辿れば2015年の不正会計に始まる。(当時の)新日本有限責任監査法人が異例の業務停止命令をくらったアレだ。この問題は新日本有限責任監査法人からPwCあらた監査法人に会計監査人を変更することでいったんは収束したように見えた。しかし、その後、新しい会計監査人が選任されたからなのか、WHの巨額の損失隠し、米国子会社の循環取引等次々に不正会計が発覚する。これが東芝の業績不振(それに伴う東証一部からの降格)、そして今日の身売りの話にも繋がってくる。

東芝の不正会計については、以下の記事が非常によくまとまっている(また、今回のエントリーを書こうと思ったきっかけである)ので、興味がある方は是非ご覧いただきたい。

 

cpa-navi.com

 

背景事情その2:東芝の不透明な総会運営

もう一つ、今回の身売り話の背景として押さえたいのが東芝の総会運営の問題だ。話は2020年の定時株主総会に遡る。この定時株主総会において、議決権行使の計算方法が不当であり、また、一部の株主に対して東芝と経産省が結託して議決権行使に関して圧力をかけたことが問題視された。株主の要求に端を発し調査が開始されたが、東芝が自主的に行った調査では問題なし、株主側の調査では問題あり、これを受けて改めて東芝側が行った調査では違法性はないが、企業倫理的に問題ありと結論は二転三転する形となった。

これらの事件を踏まえ、東芝(又はその経営陣)に対する市場からの信頼は失墜していたといえる。

2021年4月:CVCからの買収提案

このような中で、まずは英国系のバイアウトファンドであるCVCが2021年4月頃に東芝に対して買収・非公開化の初期的提案を行った。同年4月9日の開示資料によると、かかる初期的な提案は、法的拘束力のないものであり、また各国競争法等のクリアランス取得が条件となっていたようだ(この「条件」が、「買収完了」の条件なのか、「提案が法的拘束力を持つ」ための条件なのか、定かではない)。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210409_1.pdf

しかし、その約10日後、CVCは初期的提案を非公開化が東芝の戦略的目的に合致するかについての東芝の判断を待つため暫定的に検討を中止すると申し入れた。CVCは、東芝の株主構成が東芝の企業価値に悪影響を与えていると主張していたようである。これは上記「東芝のコーポレートガバナンス」のところで記載した内容に関連するが、東芝がいわゆるアクティビストファンドから株主アクティビズムの対象とされていたため、このような主張をしたのであろう。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210420_1.pdf

2021年5月:戦略委員会の設置

これを受けたのか否かは定かではないが、東芝は2021年5月14日に取締役会による意思決定の支援を行う戦略委員会を設置することを発表した。公表資料によると、戦略委員会はステークホルダーとの対話、執行部からの提案の検証、戦略の執行部に対する推奨、及び株主に対する説明とされている。しかし、この後の戦略員会の活動をみると、実質的には東芝の身売り方法の検討が主たる活動内容だったように思われる。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20210514_3.pdf

2021年11月:戦略委員会の推奨を受けた3社分割案

2021年11月12日、東芝は自社を3つの独立会社とするスピンオフ計画を発表した。これは戦略委員会が5カ月の検討の末に策定された計画のようである。具体的には、インフラサービス事業及びデバイス・ストレージ関連事業をそれぞれ東芝からスピンオフさせし、東芝自体は半導体会社であるキオクシアと東芝テックの株式を保有する会社にするという計画のようであった。なお、キオクシアの株式は実務上可能な限り速やかに現金化し、手取金額を株主に還元することもあわせて発表している。

www.global.toshiba

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2022年1月:株主からの中止提案

しかし、この案に対して、株主から待ったの声がかかる。2022年1月6日、3D Investment Value Master Fundは臨時株主総会の招集を請求し、東芝が発表したスピンオフ計画について再検討するよう働きかけた*1

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220106_1.pdf

スピンオフ計画は戦略委員会が5カ月もかけて練り上げてきたものなので、当然、東芝はこれに反対する。もっとも、株主の意見を反対するのに先駆けて、2022年2月7日、東芝はスピンオフ計画を一部変更し、3つの会社にするという計画から、デバイス・ストレージ事業だけをスピンオフし、デバイス・ストレージの会社と東芝の2社を存続させる計画に変更していた。どのような背景で変更されたのか実際のところは定かではないが、このような大規模なスピンオフは日本初の試みであり、関係各所との確認の結果当初想定していなかった点が発見されたから、と東芝は説明している。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220207_3.pdf

そして、2022年2月14日、東芝は臨時株主総会を開催することを決定したことを公表し、同時に株主の提案には反対することも表明した。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220214_2.pdf

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/migration/corp/irAssets/about/ir/jp/news/20220214_1.pdf

2022年3月:臨時株主総会の実施

満を持して開催された臨時株主総会であるが、残念ながら、戦略委員会の長期間の検討の甲斐なく、スピンオフ計画は株主に否決されてしまう。議決権行使結果を見ると、賛成が39.53%、反対が59.69%である。上場会社の組織再編議案が否決されることは稀であるにもかかわらず、今回は反対が10%も上回っている。このことからすると、スピンオフ計画は株主からの受けが悪かったと言わざるを得ないだろう。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220324_1.pdf

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/stock/meeting/pdf/tsm2022_extra.pdf

2022年4月:特別委員会の設置

戦略委員会の面目は丸潰れという感じだが、東芝は2022年4月7日に特別委員会というものを設置する。東芝内部で決めると市場からの反対の声が大きく収集がつかないと諦めたからか、特別委員会の設置目的は「潜在的な投資家やスポンサーとのエンゲージメントと戦略的選択肢の検討」とされている(ここまでいくと経営陣は気の毒としか言いようがないが、匙を投げてしまっている感じも見受けられ、少し残念であるのでは否めない。。)。さらに、この特別委員会は「ステークホルダーにとって最良の非公開化提案を特定します」としており、非公開化が前提となった検討しているように思う。非公開化がいつ既成事実となったのか開示資料からは不明確であるが(もしこの背景を知っている方がいたら教えて欲しい)、株主等から非公開化の圧力がかかり、それを飲まざるを得なかったのかと邪推してしまう。なお、特別委員会の設置をもって戦略委員会は解散している。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220407_1.pdf

これを受け、2022年4月21日から、東芝は、潜在的な投資家及びスポンサーとの協議を開始し、主にPEファンドから非公開化の提案を受け付けることを公表した。なお、提案の検討項目としては、提案価格、資金調達方法、競争法及び安全保障関連法の承認の蓋然性を含む取引実現の確度があげられている。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220421_1.pdf

2022年5月:一次入札

2022年6月30日、同年5月30日を期限としていた一次入札について、非公開化を前提とする提案を8件、上場維持を前提とする提案を2件受領した旨を東芝は公表した。次のステップに進む候補については、定時株主総会後に選定することを明確にしている。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220602_1.pdf

2022年7月:一次入札の結果/二次入札の開始

定時株主総会後の2022年7月19日、東芝は、一次入札の結果、複数の候補を二次入札に招聘したと公表している。東芝の開示では具体的な候補は記載されていないが、報道ベースによると、二次入札に進んだファンドは、官民ファンドの産業革新投資機構、イギリスのCVC、アメリカのベイン、カナダのブルックフィールドの4ファンドのようである。このうちブルックフィールドは上場維持を前提とした提案であり、他は非上場化を前提の提案であったようだ。

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20220719_2.pdf

まとめ

東芝の身売りについて、簡単にまとめてみたが、この担当者は死んでしまうのではないか?と思うくらい大変そうだ。今後は、基本的には二次入札に残っているとされているファンドから、主に買収価格と取引の実現の確度から、最も適切なファンドが選ばれるのであろうが(もしかしたらまた経産省からの横やりが飛んでくるのかもしれないが、、)、実現の確度からすると官民ファンドが最有力候補か、という感じであろうか。しかし、特別委員会で候補となるファンドを絞り込んだとしても、当初のスピンアウト計画と同様、アクティビストから臨時株主総会が招集され、最終候補の買収計画も株主総会で否定され、これまでの努力が水泡に帰すかもしれない。

明日はどうなるか誰にも分からない案件であるが、これまでの流れをまとめてみて、表と裏で血みどろの争いが繰り広げられているであろうことが改めて分かった。どうかすべてのステークホルダー(当事者でけでなく、関係しているアドバイザーを含む!!)がハッピーになる結論に着地することを願いたい。

*1:なお、少しテクニカルな話になるが、3D Investmentは臨時株主総会の議題として、スピンオフ計画を「実施する」という趣旨の定款変更を提案するとともにこの議題に反対の意見表明をしているが、これはそもそもかかる戦略的決定については取締役会が行うものであり、株主総会が行うものでないため、スピンオフ計画の再検討の決議は本来的には株主総会で実施すべきものではない。したがって、これだけを議題として臨時株主総会を招集することは法律上認められないとされる可能性があったため、定款変更という法律上株主総会で決議すべきことを提案しつつ、それに反対するというトリッキーな提案を行ったのだろう。

村上ファンドvsジャフコの行く末 - 近時の有事の買収防衛策に関する裁判例を踏まえて

はじめに

いわゆる村上ファンド系列のファンドである株式会社南青山不動産及び株式会社シティインデックスイレブンスの大規模買付等行為に対して、ジャフコグループ株式会社は有事の買収防衛策の導入を決定した。今日は本件についてこれまでの裁判例の傾向を踏まえて、今後の帰趨を占ってみたい。

https://ssl4.eir-parts.net/doc/8595/tdnet/2174167/00.pdf

近年の買収防衛策の潮流

2020年以降、顕著に買収防衛策の是非を問う事案が急増している。著名事件でいうと、村上ファンドと東芝機械(現芝浦機械)の案件、SBI銀行と新生銀行の案件、関西スーパーに関連する案件と、ファンドが敵対的買収又は株主アクティビズムを仕掛ける案件から事業会社が敵対的買収を仕掛ける案件までその案件は多種多様にわたる。このような案件の中でブルドックソース事件以来となる有事の買収防衛策も多用されてきたが、これについては裁判例がここにきて急速に積みあがってきており、判断枠組みはある程度固まりつつあった。そこで、まずは典型的な有事の買収防衛策及びそれに対する裁判所の判断枠組みについて見ていきたい。以下では筆者の余力との関係上、誤解を恐れずにごく簡単にまとめている。そのため、一部誤解を招く表現が不正確な表現が含まれている可能性がある。もし気づいた点があったら、どんどんコメントして欲しい。

典型的な買収防衛策

典型的な有事の買収防衛策は大要以下のとおりである。

①大規模買付者による大規模買付行為等趣旨説明書の提出

②株主に対する情報提供

③取締役会による大規模買付行為の評価

④株主意思確認総会の開催

⑤(④で多数の株主が賛成した場合)以下の内容を含む新株予約権の株主に対する無償割当て

 (a)新株予約権の行使:行使価格1円として新株予約権1個に対して対象会社の普通株式●株を付与する。ただし、大規模買付者は行使不可。

 (b)新株予約権の取得条項:取締役会の決定により、対象会社は、新株予約権1個に対して対象会社の普通株式●株を対価として新株予約権を取得することができる。なお、大規模買付者が保有する新株予約権については、大規模買付者が大規模買付を撤回した後等にのみ行使でき、かつ、行使後取締役会が定める範囲内においてのみ行使することができる「別の」新株予約権を対価として取得。

有事の買収防衛の手法は実務的には固まっている面があり、実際のプレスリリースを見てみるとコピペで作ったのではないかと勘繰る程同じような表現となっている(なお、近時、買収防衛側の依頼は特定の法律事務所に集中しており、かかる法律事務所が作成したプレスリリースとなるため、同じような表現になっているという側面はあろう)。

裁判所の判断枠組み

このような有事の買収防衛策に対して、裁判所は大要以下のような判断枠組みをとっている。

①有事の買収防衛策は経営陣の経営支配権維持目的が推測されるため原則として認められない(法律的な言葉でいうと「著しく不公正な発行」に該当する)

②しかし、株主共同の利益に資する場合、買収防衛策の必要性及びその相当性が認められるときに限り、有事の買収防衛策が許容される。

この具体的な当てはめについて、直近までは、株主の多数が賛成していれば、裁判所は例外的に有事の買収防衛策を認めてくれるというのが、実務家の認識だったように思う。すなわち、各裁判例について、裁判所は必要性及び相当性を認定しているが、結局は株主の多数が買収防衛策を賛成していることを錦の御旗にして買収防衛策を認めているのでは、という印象を受けていた。この印象を決定づけたのは東京機械製作所が導入した有事の買収防衛策に関する裁判例であろう。この件は、アクティビスト側が既に40%近くの議決権を保有していた案件であったが、かかるアクティビストを「除く」株主の多数が買収防衛策に賛成していることを理由に買収防衛策(新株予約権の無償割当て)を実施し、これを裁判所が追認したのである。

これらの裁判例を踏まえ、株主の多数が賛成しているのであれば有事の買収防衛策も認められるというのが多くの実務家の感覚ではなかっただろうか。しかし、今年の7月頃になって潮目が少し変わってきた。三ツ星が有事に導入した買収防衛策が、株主の多数が賛成したにもかかわらず、裁判所に認められなかったのである。

筆者が見る限り、三ツ星が導入した買収防衛策と他の事案の買収防衛策に差がないように思う。(筆者個人の推測として、裁判所が東京機械製作所の案件は「ちょっとやり過ぎたかも」と反省したのも少なからず影響しているように思うが、、、、)他の裁判例と三ツ星の件の結論を分けた点としては、大規模買付者の撤回手段が確保されていないことが挙げられる。すなわち、裁判所は買収防衛策の相当性として、大規模買付者の利益保護についても検討する。この文脈において、大規模買付者による大規模買付の撤回の可否が重要になるのであるが、三ツ星の案件では、大規模買付行為が撤回されたというためには、大規模買付行為等を行わないことや、当面の間、株主提案や臨時株主総会の招集請求権等の株主権を行使せず、経営支配権を奪取する行為を行わないことを誓約する誓約書の提出を対象会社は求めたらしい。これが裁判所の逆鱗に触れたのか、裁判所は、(株主の多数は買収防衛策の導入に賛成しているため買収防衛策の必要性は認められるものの)大規模買付者の利益保護が十分ではなく相当性に欠ける、と判断した。これが三ツ星の裁判例をエクストリームにまとめた内容となろう。

正直なところ、撤回において上記の内容を求めたのは、三ツ星側の大きなミスとしか言いようがない。。「今回の」大規模買付行為は株主の多数が「否」をつきつけたため、大規模買付者はひっこめざるを得ないし、それをひっこめることを求めるのは合理的であるものの(株主共同の利益に資する)、「将来の」大規模買付行為や他の株主権の行使まで制限されるいわれは全くないはずである。それを封じてしまうような撤回条件をつきつけたのは明らかに「やり過ぎ」であるし、経営支配権維持目的が見てとれ、このような撤回条件が株主共同の利益に資するとはいえないだろう。。

このような三ツ星側のミスがなければ、これまでの案件同様、株主の多数が買収防衛策を支持していることを錦の御旗にして、買収防衛策(新株予約権の無償割当て)の実施が認められていたのではないか、というのが筆者の見立てだ。

ジャフコの案件の帰趨

さて、上記を踏まえてジャフコの案件の帰趨について考えてみる。村上ファンドがジャフコの株式の過半数を取得するとジャフコが投資する多くのスタートアップが間接的に村上ファンドの影響を受ける可能性があるため、大きな話題となっているものの、ジャフコが導入した買収防衛策はごく一般的なものである。未だ法廷闘争には至ってないようであるが、仮に裁判所にこの案件が持ち込まれた場合、これまでの裁判所の判断と同じ枠組みで判断されることになろう。

その場合、最も重要な判断要素はやはりこれまで通り、株主の多数が買収防衛策に賛成するか否かだろう。世間的にはジャフコが優勢のような機運があるため、買収防衛策に株主の多数が賛成する可能性が十分にある。今回ジャフコを代理している法律事務所は東芝機械の案件等を担当した経験豊富な法律事務所と推測されるので(プレスリリースが東芝機械のものとほとんど同じである)、三ツ星の案件のようなミスは犯さないように考えられる。したがって、本件では、買収防衛策が認められる可能性が高いといえよう。

また、開示資料によると、村上ファンドは既にジャフコの株式を15%以上保有していることからすると、(またこの案件が東京機械製作所と同じ法律事務所が担当していると推測されることからすると)事前の票読み次第では、村上ファンドを除く株主の多数(いわゆるマジョリティ・オブ・マイノリティ)が買収防衛策に賛成していることをもって買収防衛策を実施する可能性もある。そうなると、東京機械製作所の案件の境界線が明確になる法律的には更に興味深い案件になるだろう。

北関東の弁護士の(どうでもいい)雑感

このような買収防衛策の案件を分析をしていると、私のような北関東の弁護士からすると、全く別次元の時間軸で案件が動いていることが分かり、関係各位の働きぶりに敬意を示さずにはいられない。特に開示資料、会社関係書類、各種契約書を作成する弁護士の負担は相当なものと推測される。このような時間的・体力的・精神的・法律面を含む全ての面がハードな案件をハンドルできるからこその四大弁護士事務所であり、少しやっかみを覚えるととともに、四大法律事務所所属の友人の優秀さを考えると「さはさりなん」という感じはある。私はこのような華々しい案件は扱っていないが、優秀な友人が頑張っていることに刺激を受け、担当している案件に誠心誠意取り組みたいと思う。

未知の世界の第一歩 - クロスボーダーM&Aの契約実務の雑感

今日は本の感想をつらつらと書いていきたい。今日の本の著者が所属する東京国際法律事務所(TKI)は各種法律雑誌に取り上げられており、実際に各社が行っている統計やランキングでも顔を出している。私の四大の友人にも、同事務所への転籍を考えている者もいるらしいとのことだった。そんなこんなで興味を持っていたところ、たまたまアウトバウンド案件に私自身が関わることがあったので、この本を読んでみた。

M&Aの契約に関連する本を多数出ており、この業界のバイブルとされている長島大野常松法律事務所(NOT)の「M&Aの契約実務」、また森・濱田松本法律事務所(MHM)の「M&A契約――モデル条項と解説」あたりが有名であるが、これらの書籍は基本的には国内のM&Aを想定して作成されたものである。本書の一番の特徴は、その名のとおり、クロスボーダーのM&A取引を想定して作成しているところであろう。

私は恥ずかしながらほぼ初めての本格的なクロスボーダーM&Aであり、びくびくしていたのであるが、本書を読み、クロスボーダーM&Aでも国内M&Aでも基本的な考え方は通底していることをよく理解できた。「国際的な業務をしたいのであれば、まずは国内業務で地力をつけるべし」と十数年前に言われた言葉は実に的を得ていたのであろう。さはさりながら、これを英語の契約書でやり取りし、英語で交渉するとなると、そこには大きなハードルがあることが容易に想像がつく。日本語でこのサービスを提供して、かつフィーも外資系法律事務所よりも安いのであれば、それは日本企業はTKIを使いたいだろうな、と思う。

上記のNOTとMHMの契約実務本との違いでいうと、表明保証保険の説明について最新の実務も踏まえ丁寧に解説しているところだろう。国内のディールでも、特にファンドが関係するディールでは、表明保証保険を利用することが増えているとはいえ、実務に根付いているかと言えば、そうではないのが実情であろう。そのため、この点について実務的な説明がなされている本は少なかった。しかし、クロスボーダーディールでは表明保証保険が根付いており、経験豊富なTKIだからこそ書くことができた内容となっている。私は実務で表明保証保険を使ったことがまだないが、表明保証保険で何をカバーできて、何をカバーできないか、よく理解することができた。

表明保証保険はその言葉の響きから、表明保証で「カバーしていない点」をカバーするようなイメージを持っていたが、そのイメージは間違っていた。表明保証保険は、基本的には表明保証違反が生じたときの補償義務に関する売主の無資力のリスクをカバーするものであるので、売主が表明保証をしていない点を保険会社が別途カバーする訳ではない。あくまで表明保証で「カバーしている点」に問題があったときに、売主ではなく、保証会社が一定の限度で支払いを担保するものなのである。さらに、表明保証保険のカバー範囲は表明保証のカバー範囲よりも狭くなることがあるようなので(例えば、環境に関する表明保証は通常カバーされないらしい)、このことからしても「表明保証があるから安心」とは言いづらいもののようだ。表明保証保険という言葉から直感的に連想されるイメージと実際の表明保証保険の内容は異なっているので、依頼者に説明するときは丁寧な説明が必要となるだろう。

さらに、表明保証保険とエスクローが両方用いられる場合における両者の使い分けについても本書では触れられており、私はこのような知見はなかったため、大変参考になった。

M&Aの契約実務を踏まえて表明保証保険を説明した文献はまだまだ少ないため、この点だけでも本書を購入する十分な理由になろう。

TKIは東京発のグローバルファームという理念を掲げており、これまでの日系法律事務所が開拓してこなかった分野を開拓しようとしている。この分野はそのネットワークの強さから外資系法律事務所が牛耳っていた。ネットワークの観点からいうとTKIは劣勢と言わざるを得ないが、クオリティや価格の面で十分勝負していけると踏んでいるのだろう。TKIの今後の動きに要注目である。

なお、このエントリーで紹介したNOTの「M&Aの契約実務」はこちら。これは業界ではバイブルと言われている本で、発行当初は多くの事務所がこの本を熟読して、真似したという嘘か誠か分からない話を聞いたことがある。

森・濱田松本法律事務所の「M&A契約――モデル条項と解説」はこちら。こちらもこの業界人必携の書。NOTの書籍に次ぐ定評のあるM&A実務本で、近年発行されたこともあり、NOTの本にはない論点も載っている。

司法修習生は何を勉強すべき?各論編(2022年版):英語の話す聞くの勉強法


今更ながら書きかけの英語のエントリーについて書いてみたい。一応、以下の一連のエントリーの一部という立ち位置で書こうと思うが、これだけ単体で読んでもらっても構わない。

 

businesslaw-diary.com

 

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さて、留学志望の方はTOEFLを勉強し始めるのがいいのではないか?というエントリーを以前書いたが、断言するがTOEFL105点程度をとっても英語はビックリするほど話せないし、聞けない。なお、ざっくりとしたTOEFLの点数の難易度は以下のとおり:

・TOEFL105点程度:純ジャパがある程度勉強をしてとれるレベル。他方、帰国子女であればほぼノー勉で受験してとる点数。

・TOEFL110点程度:普通の純ジャパの壁。純ジャパでこの程度の点数がとれれば御の字。

・TOEFL115点程度:帰国子女がある程度勉強すればとれるレベル。たまーに純ジャパでこの点数をとる人がいるが、元々英語が好きで学生時代から継続して英語を勉強していたという例外事例。

さて、修習生には留学時に(これはかなり難しいが)できればTOEFL115点、頑張って110点程度を目指して欲しくて前回までの記事を書いた。今日は留学にはあまり興味ない、又は勉強っぽい勉強はしたくない、だけど英語を話せるようになりたいという方に向けたエントリーだ。

英語の聞く力を伸ばしたいのであればモゴバスと海外ドラマがお勧め

まず英語の聞く力。これが英語を話すうえで一番大事な能力だ。なぜならば、聞けなければ、コミュニケーションがとれないからだ。しかし、日本人にはこのハードルが非常に高い。もっとも習得に時間がかかると言っていい。

単語は知っている、発音も分かっているのに英語が聞き取れない理由は、音声変化のルール(というと大げさだが、要するに省エネ発音)が分かっていないことと、スピードに慣れていないことがあげられると思う。それぞれの対策について書いていきたい。

まずは前段の音声変化について。我々日本人もそうだが、慣れてくると丁寧に発音をすることはない。元気のいいラーメン屋に行ってみて欲しい。彼らは決して「いらっしゃいませ」とは発音していない。むしろ「しゃっいっせー」くらいの勢いで発音している。これと同じことが、当然ながら英語でも起こっている。これを学ぶのに有効な教材がモゴモゴバスターだ。

www.mogomogobuster.com

私もこの教材を取り組む前はあまりよく分かっていなかったのだが、英語には様々な音声変化があり、例えば、音がつながる(リエゾン/リンキング)、音が弱まる(リダクション)、音が脱落する(エリジオン)が存在する。もしかしたら、このどれか(特にリンキング)は聞いたことがあるかもしれないが、これを体系的に学ぶことができる教材は日本ではモゴモゴバスター以外にないように思う。

私の実感であるが、モゴモゴバスターを1周した時点でリスニング能力が数%、3周した時点で15%くらい上がった気がする。私にとってはこれをすればすぐに魔法のように英語が聞き取れるようになるというものではなかった。しかし、これは私は音楽的なバックグラウンドが全くなく、細かい音の違いが聞き取れないからであろう。このような人は、ルールを知っただけでは不十分で、音の違いが分かるように反復練習が必要なのだ。今は米国英語であればニュースを大分楽に聞き取れるようになったが、私のリスニング能力の基礎には確実にモゴモゴバスターがある。なお、私と異なり音楽的バックグラウンドがある人は、音の違いにセンシティブなので、音声変化のルールを学べばすぐに英語が聞けるようになるのではと思う。是非利用してみて、感想を聞かせて欲しい。

モゴモゴバスターで音声変化のルールを学んだのであれば、後は実践あるのみだ。昨今はYoutubeで無限の英語コンテンツに無料で触れらるようになった。本当にいい時代だ。しかし、私の実感としては英語を聞き流すだけではリスニング能力は発達しない。聞いて、答え合わせをして、音声を学んでいき、それで初めてリスニング能力が向上すると思っている。したがって、リスニング能力をあげたいのであれば答え合わせができる英語コンテンツに多く触れるべきだろう。

そこで、お勧めしたいのが動画ストリーミングサイト+スクリプトだ。Netflixを例にとって説明しよう。Netflixでは字幕表示を選べるようになっているので、字幕を英語表示に設定する。まずは字幕を見ずにNetflixを視聴し、分からないところがあれば止めて、少し巻き戻して英語字幕を聞きながら聞き直す。基本的にはこれを繰り返すのであるが、英語字幕が早すぎて分からない、又はいちいち動画を止めるとあまりに細切れになってしまい内容が頭に入らないことがある。その場合は、「ドラマ名 Script」で検索すれば、有名ドラマであれば大体スクリプトがヒットする。スクリプトがあればドラマの内容を追うのが一気に容易になるだろう。

選ぶドラマは自分の興味あるものでよいが、初心者には「フレンズ」が丁度いいと聞いた。少し自信がある方にはリーガルドラマの名作「SUITS」を観てみてもいいかもしれない。とってもレベルが高く、自信を無くすこと間違いなしであるが。。なお、私は最初にBBCの「Sherock」を選んで爆死した。

英語の話す力を伸ばしたいのであればオンライン英会話がお勧め

さて、次は英語の話す能力を伸ばす方法であるが、これはもう実際に話すしかないだろう。今は格安で学べるオンライン英会話がたくさんあるので、そのどれかを利用すればよい。オンライン英会話を選ぶときのポイントは以下のとおりかと思っている:

・ネイティブと話したいか

・予約制がいいか、飛び込み制がいいか

・TOEFL対策の教材があるか

・1週間にどの程度レッスンを受けたいか

・ご予算

例えば、ネイティブと話したく、TOEFL対策もしたい、生活も規則的でないので予約すれば確実に受講可能、予算も潤沢にあるぞ、という方はDMM英会話(ネイティブと話せるオプション付きで月額16,590円(1日1回プランの場合))を選べばいいし、とにかく安く、他方で話す機会はとにかく確保したい、しかし生活が不規則でいつ受講できるかは日によって変わる、という方はNative Campを選べばいいと思う(ネイティブと話すオプションを付けなければ月額6,480円で授業受け放題。)。この辺りは各社を比較したより詳しいサイトがあるので、詳細は説明はそのサイトに委ねたい。

ここでは私が初期の頃していたミスについて少し書いてみたい。私は初期の頃は受講の仕方が分からず、なんとなく教材を消化することに終始してしまっていた。断言していいが、この方法で謎に自己紹介は上達するが、話す力は身につかない。なぜなら、教材自体が自分で考えて話す(自分の意見をいう)ことに重きをおいたものが少なく、また、せっかく自分の意見をいうターンになっても、自分が1つ発言すると講師がそれに対して3つ4つ発言するので、結局は講師の意見を聞くことに終始してしまうことが多いからだ。

これを回避するためには、ある程度予習して、話したいことを決めておくしかない。授業前に教材を少しだけ見て、自分の回答・意見を事前に準備しておけば、授業中でも自分の話す時間が長くなり、英語力向上に繋がる。自分が会話の主導権を握ることができるので、(講師の話を聞くのではなく)講師に自分の話を聞いてもらうことができるのだ。

私もまだまだ発展途上

さて、偉そうに英語の勉強方法について書いたが、私もまだまだ発展途上(であると思いたい)で、非英語圏の方であれば意思疎通を図れるが、英語圏の方が本気で話したときはお手上げという程度の英語力だ。おっさんであるが、所詮語学は壮大な慣れという、誰かの名言を心に留め、これからも日々英語学習に励んでいきたい。

お詫びとしての「200円」じゃ気が済まない?-KDDIの通信障害に基づく補償について

仕事にかまけて、久しぶりの投稿になってしまった。高頻度でブログを投稿している人を尊敬しつつ、話題となっているKDDIの返金対応が公表(以下参照)されたため、今日はこの点について契約約款を確認しながら検討していきたい。なお、いつものことであるが、これは筆者の見解であり、筆者の所属する団体等の見解ではない。また、これは個別の法的助言ではなく、あくまで一般論である。

ご返金内容[1] 契約約款に基づくご返金

■対象のお客さま: 271万人 (KDDI) 7万人 (沖縄セルラー)

通信障害期間中 (注1)、24時間以上連続して全ての通信サービスをご利用いただけなかったお客さま (音声通信サービスのみをご契約のお客さま)

■ご対応内容: ご契約の料金プランの基本使用料等の2日分相当額をご請求額から減算

[2] 通信障害のお詫びとしてご返金

■対象のお客さま: 3,589万人 (KDDI) 66万人 (沖縄セルラー)

通信障害期間中 (注1) にスマートフォン、携帯電話およびホームプラス電話をご契約いただいていた全てのお客さま

■ご対応内容: ご請求額から200円 (税抜) の減算

  • 0は基本使用料が0円であることから、返金に替えてデータトッピング (1GB/3日間) を進呈

参考:https://www.kddi.com/?_ga=2.200461671.816703372.1659859202-1423574391.1659859202

なお、私の認識では、今回の通信障害は、VoLTE交換機や加入者管理データベース(HSS)が原因で生じたものであったため、多くのユーザーは音声通信ができなくなったものの、データ通信の利用はできたユーザーは一定数いたと理解している。今回はこの認識が正しいものとして分析していきたい(今回は不正確な事実認識があるかもしれない。もし間違っていたらコメントして欲しい。いずれにせよ、この分析は私の認識が正しいことを前提に進めたい)。

契約約款の内容

KDDIは各プランの契約約款を公表しているが、現在最も加入者が多いと思われる5Gの契約約款を見ていきたい。この約款には損害賠償については以下のような規定をおいている(抜粋。下線は筆者にて追加。)。

(責任の制限)

第 75 条 当社は、au(5G)通信サービスを提供すべき場合において、当社の責めに帰す べき理由によりその提供をしなかったとき[…]は、そのau(5G)通信サービスが 全く利用できない状態(その契約に係る電気通信設備によるすべての通信に著しい支障が 生じ、全く利用できない状態と同程度の状態となる場合を含みます。以下この条において 同じとします。)にあることを当社が認知した時刻から起算して、24 時間以上その状態が連 続したときに限り、その契約者の損害を賠償します。

2 前項の場合において、当社は、au(5G)通信サービスが全く利用できない状態にあ ることを当社が認知した時刻以後のその状態が連続した時間(24 時間の倍数である部分に 限ります。)について、24 時間ごとに日数を計算し、その日数に対応するそのau(5G) 通信サービスに係る次の料金の合計額を発生した損害とみなし、その額に限って賠償しま す。

(1) 料金表第1表第1(基本使用料等)に規定する料金[…]

(2) 料金表第1表第2(通話料)に規定する料金[…]

(3) 料金表第1表第3(データ通信料)に規定する料金(au(5G)[…]

(4) 料金表第1表第1(基本使用料等)に規定する海外ローミング機能に係る料金[…]

3 前項の場合において、日数に対応する料金額の算定にあたっては、料金表通則の規定に 準じて取り扱います。

4 […]

5 当社は、au(5G)通信サービスを提供すべき場合において、当社の故意又は重大な 過失によりその提供をしなかったときは、前4項の規定は適用しません

参考:https://www.kddi.com/extlib/files/corporate/kddi/kokai/keiyaku_yakkan/pdf/honbun_kddi_5G.pdf

通信障害が生じた場合にはKDDIに大きな損害が生じる可能性があるため、KDDIは上記のとおり、責任制限の規定をおいているのであろう。長い条文であるが、まとめると、以下のようになると考えられる。

①KDDIの「責めに帰すべき事由」があり、

②通信サービスが「全く利用できない状態」であり、かつ

③②が24時間以上連続した場合、

⇒KDDIは④「全く利用できない状態」の日数分の基本使用料等、通話料、データ通信料、海外ローミング機能に係る料金を支払う。

しかし、⑤KDDIが「故意または重大な過失」があるあるときは①から④の制限は課されない。

お詫びとしての200円の返金について

まずは、KDDIの「お詫び」がどこから来たのか、なぜ200円なのか不思議に思った方もいるだろう(かくいう私もそうだ)。これは、冒頭に記載した私の認識にかかわる。すなわち、本件の通信障害の期間中、データ通信の利用はできたユーザーが一定数いるということだ。このようなユーザーは、上記②の通信サービスが「全く利用できない状態」ではないので、契約約款上は補償の対象にならないこれを突き詰めるとこのようなユーザーには補償する必要がないことになる。しかし、流石に反発が大きいと予想されたため(私も怒る)、お詫びとしての200円を支払うことにしたのだろう。

では、200円はどこから来たのか?どうやらKDDIの会見内容によると、この金額は約款の規定を参考にしており、基本使用料の平均日割りが52円、障害があった3日間の総計で156円、これに44円の「お詫び」を上乗せした200円としたらしい。

KDDIはこの44円という数字はお詫びという説明をしているが、「通話料」分の補償の計算ができなかったという側面もあるように思う。すなわち、約款の規定を参考にするのであれば、データ通信だけが使えない場合、基本使用料等、通話料、及び海外ローミング機能に係る料金を補償の対象にするのが自然であろう。海外ローミング機能に係る料金は大勢に影響がないことから捨象しても問題なさそうであるが、通話料については補償すべきである。しかし、対象となる3,655万人の3日間分の平均通話料を計算するのは容易なことではなかったため、それを「お詫び」という形で補償したのではないか、という邪推もできる。

いずれにせよ、契約約款上は補償する必要がない金額を補償しているので、KDDIとしては誠実に対応しているということなのであり、金額感としても実は妥当なもののように思う。

契約約款に基づく返金について

上記①乃至③を満たしているユーザーが271万人いたということであろう。

少し気になるのは開示資料からすると、補償対象が「基本使用料等」としか記載されていないことだ。契約約款では、この他にも「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を支払うことになっている。これを対象にないということであれば、契約約款と異なる取扱いをしていることになる。KDDIがここで3日分の「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を出し渋ることは考え難く、これは開示資料のミスだということなのだろう(そう信じたい)。もしかしたら、開示資料でいう「基本使用料等」とは、契約約款の「基本使用料等」とは別の定義であり、「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を含んだ意味なのかもしれない。

なお、開示資料を見ると、この対象となるユーザーは200円以上の高額の金額が支払われそうという印象を受けると思う。しかし、会見によると、基本使用料の平均日割りが52円とのことなので、これに「通話料」、「データ通信料」及び「海外ローミング機能に係る料金」を加えたとしても大した金額ではないだろう。もしかしたら騙されたと思うユーザーがいるかもしれない。会見全体は見ていないが、この辺りはユーザーとの丁寧なコミュニケーションが必要になるところであり、対応を誤れば大きな問題にもなりかねないので注意したい。

とはいえ、とっても不便だったので、もっと請求したい…

ユーザーの中には補償金額に満足できない方もいるだろう。その場合、KDDIに「重大な過失」があったとして、損害賠償請求訴訟を提起することも可能だ。

この場合、ユーザーは、通信サービスが②「全く利用できない状態」でなくても、また、障害の期間が③「24時間」以内でも、生じた損害の④全額を請求することができる。すなわち、例えば、通信機能が使えなかったっため、ビジネスチャンスを逃したという損害、大事な人の最後の瞬間に立ち会えなかったという精神的損害も補償の対象に入りうるということだ。この場合、補償額は数百円といった単位ではなく、三桁、四桁、もしくはそれ以上の額の補償額となる可能性がある。

さて、問題はこの主張が通るかの見込みである。KDDIの会見によると、今回の通信障害の原因は、古い手順書を使ってしまったために通信機器のルーターの交換作業で設定ミスがあったことにあるとのことだ。これが「重大な過失」であればこの主張は認められ、そうでないなら裁判の手間は水泡に帰す。

これはあくまで私の肌感覚からになるが、KDDI側に「重大な過失」があったというのは少し難しそうだ。これまでの判例の立場を、誤解を恐れずに本件に適用すれば、「重大な過失」があったというためには、意図的に間違った設定をしたと同視できる程度の事情が必要だ。それには、古い手順書を使ってしまったというだけでは不十分で、これに加えて、例えば、手順書の管理がずさんであり、会社の中ではそれが問題視されていたにもかかわらず放置していた、というような事情が必要になってくるだろう。

したがって、もし私の元にKDDIを訴えたいという依頼者が来たら、ちょっと難しいかもしれませんね、という話をせざるを得ないだろう。

補償よりも大切なトップの姿勢

私が感じている空気感からすると、KDDIに「重大な過失」があるとして、訴訟を起こすケースは多くないようのではないか。なぜなら、今回は問題が生じたときのトップの対応が素晴らしく、通信障害自体は不便だったが、訴訟を提起する程KDDIに不満を募らせたユーザーは少ない(むしろ信頼感が醸成された?)と思われるからだ。トップが説明責任から逃げず、また複雑な技術的な話を自らの口で説明できた、というのは大きい。説明責任を果たさないのは論外であるが、例えば、自分は冒頭に陳謝するだけで技術的な話は部下の技術者が話すだけ、という対応だったら、結果は全く違ったはずである。企業の危機管理のお手本のような対応だったように思う。

今後どのような進展を辿るかは分からないが、危機が生じたときのトップの対応は多くの示唆を含むものであり、危機対応の素晴らしい事例であったと個人的には考えている。補償の話も実は法律上論点を含むものであり、今後の展開を見守っていきたい。

ネコは政治家になるのかー「22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」の雑感

これまでは司法修習生は何を勉強すべき?というエントリーを書いていたが、今日は趣味的に本の読書感想文を書いてみたい。紹介する本はこちら、成田悠輔氏の話題の新刊「22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」である。

成田悠輔氏の紹介は私がする必要もないだろう。決して恵まれているとは言えない家庭環境から、麻布中学・高校を卒業し、東京大学に入学。東京大学では経済学論文の名誉ある賞である大内兵衛賞を受賞。その後、マサチューセッツ工科大学(MIT)でPh.D.を取得し、現在はアメリカでイェール大学の助教授をしながら、会社経営もしているというスーパーマンである。

この本の内容としては、私のような彼のファンからすると、成田氏がメディアで断片的に発言している内容を分かりやすくまとめたという内容だ。豊富な脚注から明らかなように、彼の主張はこれまでの研究に支えられており一定の根拠をもっていることが本を読むことでよく分かった。

簡単に彼の主張を復習すると、概要以下のような内容になるだろう。近年、人類は民主主義と資本主義という二つの相反するシステムを利用して発展してきた。しかし、主に民主主義とSNSの相性の悪さが原因となり、民主主義が機能不全に陥っている。そのため、ある者は選挙のデザインを変えることで民主主義を改良しようとしており(民主主義との闘争)、ある者は国家の主権の及ばない場所で自らの「国」を作ることで民主主義から逃走しようとしている。これらの試みは成功している面もあるがそうでない面もある。しかし、これらはいずれも民主主義が持つ弊害を解決するものではない。そこで、成田氏が主張するのが「無意識民主主義」だ。無意識民主主義では、まずは膨大なデータから民意をくみ取る。選挙はそのようなデータの一つになる。ここでいう民意とは具体的な政策決定というより、価値判断のための軸という意味に近い。そして、この価値判断(民意)に基づき政策が決定されるのであるが、具体的な政策内容は過去のデータに基づき決定される。このように現在の選挙の役割はアルゴリズムに取って代わられるようになる。そして、上記の過程においては国のデザインを決めるという政治家の役割は不要である。残る政治家の役割はマスコットキャラクター/サンドバックとして役割であるが、これはVtuberでも猫でもゴキブリでも代替可能であるはずだ。このようにして、「選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる」のだ。

(成田氏の主張をまとめてみると、彼の主張がいかに論旨明確で、そして筋の通ったものであることを改めて思い知らされる。。彼がおもしろコメンテーターということでメディアで持てはやされているだけでなく、アカデミックの世界でも認められている理由がよく分かる。。)

さて、ここからがお恥ずかしながらの凡人の感想だ。無意識民主主義のコンセプトはよく分かるし、成田氏の主張を読んでいると、それが現実的な未来であるように思える。成田氏の主張のような抜本的なものかは分からないが、今後、「選挙はアルゴリズムになる」だろう。しかし、「政治家はネコになる」のか?私はその点に興味がある。

成田氏の主張は、現代の社会では区別をすることを否定的にとらえる傾向が強くなっていることから、今後人間と他の生物を区別する時代がくると予想している。そして、これが「政治家がネコになる」根拠の一つとなっている。成田氏の指摘のとおり、マスコットキャラクターとしての政治家は既に動物にとって代わられた例がある。しかし、政治家のもう一つの役割として(本人の指摘しているような)サンドバックの役割としての政治家が近未来のうちにネコにとって代わられるだろうか。

成田氏は、今起こっている事象として政策失敗の責任を政治家がとっていないことを理由に、この役割はネコでも(ゴキブリでもVtuberでも)担えると主張している。しかし、サンドバックとしての役割の政治家は、責任をとる・とらないの話の前に、社会の批判の対象となり社会のガス抜きの役割というのもあるのではないかと思う(念のため付言するが、これは行き過ぎては当然いけない)。この役割は、例えば、タレントやYoutberが担えるという指摘もあるかもしれないが、「私の生活がよくないのはあなたのせいだ」という普遍的で根源的な怒りの矛先をタレントやYoutberに向けるのはお門違いだろう。

これと同様に、政策決定に関与していないネコを批判することで、国民の怒りのガス抜きはできるのだろうか。無意識的民主主義が実現したとしても、どこかで取り残され、彼らの彼女らの生活に不満を持つものがいる。その不満の矛先にネコはなりうるだろうか?ネコに対して、その不満をぶつけてカタルシスを得る人はなかなかに想像できない。ネコは政策決定をしていないからだ。これは、人間は、意思決定者と違うモノを批判することガス抜きをしたり、又は「誰の責任でもない」という状況を耐えられるだろうか、という疑問である。

仮に上記のような人間の意識の変化があれば、この社会は大きく変わるだろう。人間は労働から解放される可能性は限りなく高くなる。例えば、弁護士の仕事もそうだ。私は、少なくとも現在の人間の意識を前提とすれば、どんなにリーガルテックが進んでも弁護士の仕事はなくならないと思っている。なぜなら、リーガルテックは責任をとれないからだ。たとえリーガルテックが出した答えをコピペしたものであっても、弁護士が責任を持ってアドバイスをするからこそ、依頼者はそのアドバイスを依拠できる。依拠とは信頼という意味もあるが、「弁護士に相談した」「弁護士がこう言っていた(ので自分は責任がない)」という責任転嫁又は証拠づくり的な側面もあるだろう。問題が発生したときの責任主体になるというのも、我々の仕事の一部であり、ここはどこまでいってもテックが代替できない(アルゴリズムを作成した会社が事実上そのようなリスクをとれないことを含む)と思っているからこそ、弁護士の仕事はなくならないと私は考えているのだ。しかし、意思決定者以外の者を責任追及することで許され、又は、「誰も悪くない」ことが人間が許容すれば、究極的には弁護士は不要になるのだろう。他の多くの専門家(医者、会計士etc)もそうだろう。

では、上記のような意識の変化は訪れるのだろうか。私はどちらかという懐疑的であり、少なくとも数十年単位ではそのような変化は起こらないと思っている。自動運転の例にして考えると分かりやすいかもしれない。数十年(若しくは十年以内)のうちに自動運転は実用化され、人間の運転よりも安全なものになるであろうが、そのときに「誰も悪くなかった」では済ませれないだろう。自動運転が実用化した場合でもドライバはドライバー席に座ることが義務付けられ、事故の責任を負わされるであろう。仮にそれを乗り越えたとしても、問題が生じたときは、アルゴリズムを作成した会社に対して責任をとるよう訴えるだろう。

つまり、「政治家はネコになる」ためには、意思決定者と違うモノを批判することガス抜きをしたり、又は「誰の責任でもない」という状況を耐えられることが必要となるが、そのような認識の変化が起こるのは難しい思われる。仮に、「選挙がアルゴリズム」になった場合、「政治家はネコになる」のではなく、「政治家はアルゴリズム作成者」になるのではないだろうか。しかし、そのようなリスクを背負ってまでアルゴリズムの作成をしたいと思う人はどれだけいるだろうか?アルゴリズム作成者を隠せばよいではないかというアイディアもあるかもしれないが、そうすると、すぐに陰謀論がささやかれ、一部の人はそれに熱狂し、現状を打破しようとするだろう。

私は「選挙がアルゴリズム」になったら、「政治家はアルゴリズム作成者」になるのではないかと考えているが、シンギュラリティを超えて機械が人間よりも有能であることが明白になったら、人間の認識は大きく変わるかもしれない。アルゴリズムが間違えたのだから仕方ないよね、という感覚が普通の感覚になる可能性も大いにある。成田氏がこの点をどう考えているか是非話を聞いてみたいところだ。

司法修習生は何を勉強すべき?各論(2022年版):留学希望者はやっぱりTOEFL

このエントリーの更に各論:

 

businesslaw-diary.com


さて、留学を経験した弁護士が上級者ぶって(全く上級者ではない)、これまでの失敗を踏まえて、英語の勉強方法について書いてみたい。

まずは留学を目指している人に対してのアドバイスから始めたい。このような人に対する回答はとてもシンプルでTOEFLの勉強を始めてみる、ということだ。TOEFLの勉強をすれば、聞く話すを含め、英語の4技能をバランスよく伸ばすことができると思う。また、ll.m留学の難関ははっきり言ってTOEFLだけと言っても過言ではなく(TOEFLである程度がとれれば(例えば、105点くらいが目安だろうか)、Top15のロースクールのどこかには必ずひっかかる)、司法修習中にTOEFLの勉強をしておき、慣れておくことは将来の留学にとって大きな意味がある。

さらに、司法試験で「勉強」慣れをしている皆さんであれば、「勉強」をすることは慣れていると思うし、なにより点数という分かりやすい目標ができるので勉強を続けるモチベーションにもなるだろう。受験時は過去2年までのTOEFLの点数しか使えないため、残念ながら多くの方は、司法修習中のテストの点数は留学のときには使えないが、司法修習中に例えば100点をとっておけば、留学前に勉強を再開したときに大きなアドバンテージになるはずだ。また、就職した事務所にどうもなじめなかったような場合でも、思い切ってさっさと留学に行き、キャリアを変えるという道もある。例えば、いわゆる町弁からキャリアを始めたとしても、ロースクールを経れば、企業の法務部や企業法務の事務所に転職することは(特に若手であれば)現実的な選択肢になるだろう。

さて、私のような平均的な日本人はTOEFLを始めて受験するときは面食らうと思う。私は英語に苦手意識ははなかったが、全然わからなくて(こんなに分からなかったのは高校の数学のテストぶり)60点くらいだったと思う。でも、安心して欲しい。日本の司法試験を突破してきた受験エリートのみんなであれば、TOEFLでもやることは結局一緒で、過去問を研究して、頻出する問題、単語、そして使いまわせる表現を覚えるということを愚直に記憶していけば、すっと点数はあがる。ただし、TOEFLも試験であるということ、すなわち「勉強」しなければ点数が伸びないということはよく覚えていて欲しい。私は何を勘違いしたか、1回目の受験のときは、仕事にかまけて勉強をせずにTOEFLに臨んでいた。そのため、まったく点数が伸びずに失敗に終わった。2年目は1年目の失敗を踏まえ、1日1問でもよいので問題を解くようにした。その結果、2年目は目標点であった100点を超える点数をとり、無事に東海外のロースクールに留学することができた。日々の勉強でTOEFLの点数は必ず上がる、これを肝に銘じて、いわゆる「勉強」をして欲しいと思う。

さて、では具体的なTOEFLの勉強方法について、一つだけTipsを紹介したい。なお、TOEFLの勉強方法を紹介している良質のブログ記事はたくさんあるので、より具体的な勉強方法はそちらを参考にされたい。

私がこのエントリーで唯一お勧めするのはAndy先生が主催するTOEFL勉強塾への参加だ。

andymina.blog136.fc2.com

この勉強塾は1日の短期集中型で、TOEFLの勉強方法、実際の解き方を習い、また、試験勉強のキーアイテムである過去問を大量にもらうことができる。

Andy先生の授業はスパルタだった記憶があり、授業でいきなりスピーキング問題を解かされた思い出がある。人前で英語を話すのがほぼ初めてだったので、帰り道は恥ずかしくて、穴があれば入りたい気持ちになったのをよく覚えている。しかし、この勉強塾は本当に効果的だ。

道のベテランがTOEFLの最短の勉強方法を教えてくれる。ブログで無料でTOEFLの勉強方法を探すこともできるが、個人の体験記はどうしても主観的なものとなってしまい、「その人」にとっては効果的だったかもしれないが、それがあなたにとっても効果的という保証はない、というものになってしまう。しかし、Andy先生の指導は毎年100名以上の生徒を見てきた結果であるので、あなたにも効果的な勉強方法である確率が高い。

そして、なにより素晴らしいのが大量の過去問を仕入れることができるのだ。これにより、僕らが18歳(人によっては12歳)からしてきた、過去問から問題の傾向を知り、分析をし、暗記するという王道パターンが使えるようになり、ぐっと合格点に近づくことができる!

また、値段も高いと書いたが、他の大手の予備校に比べると格安だ。大手の予備校は多くの授業と教材を提供しているため、十数万円、場合によっては数十万円という価格帯になっている。しかし、過去問から出題者のくせを見抜き、作問者の過去の研究から今年の問題を予想し、出題趣旨から出題者の意図を推論し、採点実感から求められる回答を妄想してきた我々のような受験エリートは、多くは不要である。過去問があれば、そのテストで何が求められ、何を勉強すればいいかはおのずから見えてくるはずだ。多くの授業などはいらないし、塾オリジナルの問題も不要な我々からすれば、Andy先生の勉強会で十分なのだ。

なお、私が受験したころは、Andy先生の授業は東京でのみ開催されていたが、どうやら今はネットで開催中で、全国どこにいても受講が可能なようである。

是非、将来留学を考えている司法修習生にはAndy先生のTOEFL勉強会を受講していただきたい。

なお、私はAndy先生の回し者ではないので悪しからず。。