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中年弁護士の独り言兼備忘録

司法修習生は何を勉強すべき?各論編(2022年版):英語の話す聞くを勉強すべき

昨日のエントリーの各論:

 

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昨日は修習生は勉強をする習慣をつけろ、と偉そうに述べた。ただ、それだとあまりに抽象的なので今日のエントリーでは私がおすすめする勉強科目をお伝えしたい。

 

まずは、英語、特に話す聞くの英語だ。私は事務所に無理を言って留学させてもらった。私は1年留学すれば英語を「ペラペラ」になれると信じていた。しかし、その妄想は残念ながら見事に裏切られた(事務所の皆さん大変すいません。。)。1年ちょっとの英語では話す聞くは全く伸びなかったのだ。

 

しかし、たとえそうだとしても、行く前と後を比べると話す聞くは少しではあるが確実に伸びた。あと2、3年間アメリカに住んでいれば、話す聞く話す・聞くの勉強を続ければ、日本の弁護士会においては相当程度英語力のある人間とみなされるという感覚がある(だからといってもネイティブのように話せるとは思っていない)。

 

では、日本に戻ってきた今、英語を伸ばすことができるのか?答えるはできるだ。正直ロースクール留学では話す機会はそれほどにない。聞くといっても授業を聞くくらいだ(半分も分からなかった)。その面でいうとロースクールで英語が伸びたという感覚はない。自分の英語が伸びた理由は、留学中もオンライン英会話を地道に続け、海外のドラマを英語字幕で観て(今でも全く分からない)、携帯のアプリで発音練習を続けたからだ。しかも、これを1日3時間、4時間続けたのではない。1日1時間程度これらの勉強をつづけただけだ。それでも、(僅かではあるが)英語力は伸びた。オンライン英会話、海外ドラマの英語字幕での視聴、発音練習の全ては日本でできる。1日30分は英語の勉強をする時間はどんなに忙しくても捻出できるはずだ(捻出できないときもある)。

 

英語能力の話す聞くについていえば、修習生の皆さんが思っているよりも、日本の弁護士のレベルは圧倒的に低い。大学までの教育を海外で受けたという特殊な事情がない限り、最前線で働いている弁護士もペラペラとは程遠いのではないか。したがって、英語が話せる、聞ける人材はブルーオーシャンだ。しかも、英語が話せる、聞けるは1年、2年という単位で身につくものではない。5年、10年レベルの超長期間の時間を投資する必要がある。すなわち、参入障壁が非常に高く、一度そちら側に行けば英語ができる人材として重宝されるだろう。なるべく早く英語ができる側の人材になるために、英語の勉強は可及的速やかに始めることをお勧めする。

 

ここで、そんなのテックで解決されてしまうのでは?と疑問が湧く。私としては、答えはNoだ。想像してみて欲しい。戸田奈津子氏を介して、トム・クルーズと仲良くなれるだろうか?国際会議の参加者は信頼関係が築けているだろうか。私が思うに、同時通訳がいたとしても、信頼関係を築くのは難しい。したがって、テックの力でほぼ同時通訳と同じことが実現したとしても、それだけでは信頼関係を築くのは難しいと思うのだ。前回のエントリーでも書いたが、信頼関係を築けた人が自分の依頼者になる。そのため、ただ話すことができる聞くことができるでは依頼者を獲得という観点からは物足りない。信頼関係が築けるだけの英語力が必要なのだ。そのためには、自らで英語を話す・聞くことができるというのが大きな助けになると思うのだ。(なお、そうすると英語力関係なしにコミュ力が高ければ、依頼者を獲得できるということになるが、それはそのとおりだと思う。ただ、語学が通じない中、プロフェッショナルな意味で信頼関係を築くのは相当に難しい)

 

ちなみに、英語の読み書きについては、日本の弁護士の能力は圧倒的に高い笑。ロースクールでも同期の四大出身の弁護士は圧倒的な読み書き力を発揮し、(私と同じくらいの話す聞くのレベルのくせに)優秀ペーパー賞を受賞し、成績優秀者で卒業していった。悲しいがそういう人はいるのだ。しかし、そんな四大出身の彼・彼女も話す聞くは他の日本人と大差はなかったのだ。したがって、話す聞くは頭の良し悪しに関係ない。いかに英語を使ったかに大きく依存しており、だからこそ修習生には英語の勉強を始めて欲しいのだ。

 

しかも、読み書きこそテックでほぼ解決済みだ。DeepL等を上手に使えば、私のようななんちゃって留学生と遜色のない英文を書くことができる。また、DeepLで翻訳してしまえば、ほとんど日本語で書かれた物と変わらないスピードで複雑な文章を読むこともできる。また、業務で使う英語は限られているので、これこそ実務に入って実地で学んだ方が効率がよいので、修習生はあまり気にする必要はない。

 

英語ができるようになると大きく選択肢が広がる。企業法務の弁護士であれば、どこにいっても重宝されることは間違いない。日本に投資したいという依頼者を獲得することや、海外の弁護士と仲良くなり依頼者を紹介してもらうということもあるだろう。外資系企業のインハウスや、場合によっては外資系事務所に入所・転職することも十分可能であろう。海外で働きたければ、インハウスとなり日本企業の海外支社で働きたいと申し出たり、日系の事務所に就職し海外オフィスで働かせてもらうというのも十分に可能だろう。一般民事をするにしても、昨今外国人絡みの問題が増えている。彼らに寄り添い、彼らの助けになるためには英語ができることが大きな力になるはずだ。

 

以上、英語ができない弁護士が英語の効用を頑張って書いてみた。私もつらい思いをしながら英語の勉強を続けており、自分の可能性が広がっていることを感じるとともに、もっと若い時から勉強しておけばよかった、、と強く思っている。今はインターネットでなんでも格安で学べる素晴らしい時代だ。この時代を十分に利用し、若い人たちと切磋琢磨して自分の英語力を伸ばしていきたい。

明日以降は元気があればさらに具体的にどうやって英語を勉強するかについて書きたい。

司法修習生は何を勉強すべき?総論編

最近話題になっている修習生は何を勉強すべきという質問に対する私なりの回答について少し書いてみたい。修習生時代なんて(遠い目…)という感じではあるが、実務に怯えていた当時の自分を思い出し、当時の自分にかけてあげたい言葉を考えてみる。

まず、印象論にすぎないが、リーガルマーケットの現状認識について話したい。まず、街弁な仕事(一般民事、刑事、行政事件)の仕事の需要はどうなっているだろうか?これはあまり変わっていない、体感としてはもしくは減っているような気もする。司法統計の近年の傾向を見ると、裁判所に係属した事件数は2003年の6,070,201をピークに基本的に右肩下がりである。例えば、新司法試験が開始された2006年には5,074,097まで下がっており、直近5年の数字は約350万件に落ち着いている。これはピーク時の半分に近い数字だ(2003年は働いていなかったので、このときと比較したときの事件数の肌感覚は私は持ち合わせていない)。

年次

全事件数

平成27年

3 529 852

平成28年

3 575 743

平成29年

3 613 870

平成30年

3 622 535

令和1年

3 558 317

引用:https://www.courts.go.jp/app/files/toukei/544/011544.pdf

もちろん裁判の事件数と街弁的な仕事の量は因果の関係にあるわけではないが、相関関係はあると考えられる。他方で、ご存知のとおり、新司法試験の導入により法曹の数は増え続けている。需要が減り(もしくは変わっておらず)、供給が増えているという典型的な競争激化の状況だ。新司法試験導入時は、法曹が増えれば、仕事も増えるという楽観論がまことしやかに述べられていたが、それは少なくとも街弁的な仕事については楽観論にすぎなかったといえるだろう。そして、需要が少ないというこのトレンドは人口減社会を考えれば、長期的に続くことは必至だろう。

では、企業法務についてはどうだろうか。これは少しずつであるが伸びているという印象を受ける。複雑化する法規制、国境を超える取引、M&Aのような大規模取引の日常化、コンプライアンス強化等々リーガルマーケットを広げる要素はたくさんある。これは世界全体のリーガルマーケットの話であるが、2021年から2027年の期間において毎年4.4%の成長が期待されているというレポートもあるようだ。

prtimes.jp

しかし、将来はバラ色かというとそうでもない。企業法務のキャッシュ・カウは、M&A、独禁法対応、大規模倒産対応、危機管理対応とここ十数年は次々と発見されてきたが、ここ数年は新たなキャッシュ・カウを見つけられていない。規制の複雑化、大規模案件の恒常化により少しずつ企業法務の需要は増えているが、大きく儲けることが難しくなっている。より若手にとって問題なのは、企業法務のメイン・プレイヤーの高齢化だ。日本の法律事務所は定年制があるところ少なく(一部の四大事務所や外資の事務所は定年制があるようだが、どうやら引退して独立という方も多く、多かれ少なかれ依頼者はそちらについっていってしまうこともあるようだ。)、弁護士側の新陳代謝が起こっていないように見える。

したがって、リーガルマーケットの全体感で言うと、一般民事は減少傾向、企業法務は微増傾向だが、供給面は増加傾向であり、競争が激化している。特に若手は厳しい環境にあり、一般民事は飽和状態、企業法務は需要はあるものの弁護士間の新陳代謝が進んでおらず、古くからのクライアントがいる大先生は売上を伸ばしているが、若手が新しくクライアントを獲得することは難しい状況にある。

以上が現役弁護士が感じているリーガルマーケットの肌感覚である。ツイッターを見ていると、牧歌的なアドバイス(たくさん遊べ、今しかできないことをしろ等々)が並んでいるが、それはいいタイミングでリーガルマーケットに入り成功した先人の教えであり、これを鵜吞みにするのはお勧めできない。

修習生の皆さんが考えるべきは、一人の弁護士として、この厳しいリーガルマーケットをどうサバイブして、そして成功するかを真摯に考えることだ。

さて、そのために具体的に何が必要か、と考えると、、、、誰も分からないというのが正直なところだろう。リーガルテックの発展、気候変動、規制強化、人口動態等不確定要因が多すぎて、これをすれば絶対大丈夫!という、確信めいたアドバイスは誰もできない。スキルセットレベルで長期的に何が必要というのを言い当てるのは中々に難しい状況だ。そうなると、考えるべきは必要なスキルではなく、資質の問題になるが、この答えについては10年以上弁護士をして確信めいたものを持っている。それは、学び続ける姿勢だ。法曹で成功している人を見ると、おしなべて(驚くほどの)勉強家である。これは法律に限らず、知識の幅と深さがある人が成功していることを強く感じる。したがって、修習生が修習中に身に着けるべきことは「勉強し続ける」習慣であろう。

司法試験の名残もあるので、修習生にとって、勉強することは当たり前かもしれない。しかし、これが実務になると大きく変わる。ストレスが増えるからか、忙しいからか、実務に出ると、(若手にしては給料が多いので)暇があれば飲み明け暮れ(人によっては打つ買うでも散財し)、みるみるうちに体型が変わっていく人を多く見る。

実務に出て勉強すればよい、というアドバイスを目にすることがあるが、これは半分正解で半分間違いだ。すなわち、実務に出て、目の前の事案の解決に必要なことは誰でも勉強する。ここでは差はつかない。差がつくのは、目の前の仕事に直接関係ない勉強を、仕事をしつつも継続して続けられるかどうかだ。これをできている人は本当に少ないし、これができている人が成功している。なにも司法試験受験生の頃のように、1日10時間程度勉強しろ、といっているのではない。毎日数十分の勉強を1年、2年、3年、4年…と続けられるかが重要なのだ。

大事なのは、他の弁護士と違いを作り出すことだ。したがって、何を勉強するかは問題ではない。法律以外のことを勉強しても全く問題ない。重要な事は勉強を続けることだ。そのためには、好きこそものの上手なれ、であり、自分の好きなことをするのが一番だ。英語が好きな人は英語を勉強すればいいし、テック周りの最新の話題に興味ある人は最新話題を勉強すればいい。M&Aに興味があれば、会計やバリュエーションを勉強するのもいいだろう。司法修習では、好きなものを見つけ、そして、どんなに忙しくて(2回試験の直前でも1日10分はそのことを勉強する時間は見つけられるはずだ)もそれを勉強する時間を作る、これを習慣化するのが修習時代で一番大事だ、と私は考えている。

さて、これを踏まえても、お前なら何を勉強するんだ?という声が聞こえてきそうだ。この件については、毎年アップデートするのもおもしろいと思うし、あまりに長くなってしまいそうなので、明日以降エントリーで書くことにしたい。

もう一つ、修習生に伝えたいのは、人とのつながりを大切にするということだ。弁護士の仕事はお客様ありきだ。お客様が仕事を運んできてくれる。お客様は信頼関係をベースに依頼をしてくれる。したがって、多くの人と信頼関係を作っておくことが重要だ。ただ、これには向き不向きが色濃くでる分野で得意な人もいればそうでない人もいる。得意な人は勝手に知り合い・友人が増えていくので、全く心配していない。このエントリーでは、それでもこれが重要だと、自分のような内気でシャイな修習生に伝えたい。

上に書いたことと矛盾するが、友人作りが得意ではない人は無理に交友関係を広げる必要はない。あなたがいい仕事をしていれば、お客さんはリピートしてくれるし、弁護士一人が生きていく上ではそこまで多くのお客さんは必要ない。それでも人とのつながりを大事にして欲しいと思う。これはもう弁護士のキャリア論を超えた話になってくる。仕事をし始めると大きく変わることの一つは、勉強をしなくなることと、友人ができなくなることだ。よく言われていることだし、実感もなかったので、私も働くまでは嘘だと思っていたが、これは本当に本当だ。働きだすと、日々の業務に忙殺され、どうしても友人関係の優先順位が落ちてしまう。仕事と家族だけで手いっぱいになってしまう。

仕事で出会う人と本当に打ち解けるのは難しい。これは弁護士という職業がそうさせている面もあると思う。「本当は仕事でわかんないことがあって不安なことも大きいんですよ」と、弁護士が依頼者に腹を割って話せるだろうか?仕事をとるために、芯の芯のことは話せないことが多いのだ。法曹同士というのも実はやっかいだ。同じ業界だと比較もしやすく、勝ち負けが分かってしまう。10年も法曹をしていれば、その辺りが分かってしまうので、法曹同士で話すとどうしても色々な感情が湧いてきてしまう。家族がいるではないか、という人もいるが、家族に話せない話はたっくさんある。例えば、売上が低くて困っているとき、家族には心配させないようにして本当のことは誰も話さないだろう。

なので、心から腹を割って話せる友人の効用は本当に大きい。これが楽しい人生とそうでない人生を分けると言ってもいい。具体的に働き始めた後のことを想像してみて欲しい。弁護士の仕事は基本的にあまり変わらない。平日はデスクの前で資料を見て、裁判所に行って、夜遅くまで働く。休日は家族と時間を過ごして、平日のためにいつもより少しだけ多めに寝て、この繰り返しだ。この繰り返しのなかで心から楽しいと思える瞬間を作るのが本当に重要になる。そのために友達は絶対に必要だ。少人数でいい。法曹以外の人でもいい。地元の連れでもいい。親友と呼べる人を是非見つけて欲しいと思う。

以上が私が考える修習生に対するアドバイスだ。弁護士を10年以上続けてきた思いの丈をこのエントリーにぶつけてみた。おっさんの戯言だと冷笑してもらっても構わないが、少しでもタメになる部分があったら明日からの行動に少しでも反映してもらえると嬉しい限りであろう。

ただ、総論すぎて多くの人の毒にも薬にもならないエントリーだったと思うので、明日以降のエントリーは具体的でもう少しタメになるエントリーにしたいと思う笑

13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任④

昨日のエントリーの続き:

 

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さて、今日は役員等賠償責任保険について書きたい。会社法は役員等賠償責任保険契約について締結手続き(例えば、東電の場合は取締役会の決議が必要)を定めているにとどまり、その具体的内容は保険会社と会社の間の契約に委ねられている。もっとも、その内容は事業報告書等に開示されることとなる(会社法施行規則第121条の2)。東電の開示資料によると、その内容は以下のとおりである。

4. 役員等賠償責任保険契約の内容の概要

当社は,会社法第430条の3第1項に規定する役員等賠償責任保険契約を保険会社との間で締結し,被保険者がそ の職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を当 該保険契約により塡補することとしております。ただし,被保険者が法令に違反することを認識しながら行った行為 に起因する損害は塡補されないなど,一定の免責事由があります。  当該保険契約の被保険者は当社の取締役及び執行役並びに東京電力リニューアブルパワー株式会社,東京電力フュ エル&パワー株式会社,東京電力パワーグリッド株式会社及び東京電力エナジーパートナー株式会社の取締役及び監 査役であり,保険料は当社が全額を負担しております。

引用:https://www.tepco.co.jp/about/ir/stockinfo/pdf/220526_1-j.pdf

 

ここからは多くのことが読み取れないが、免責事由として「法令に違反することを認識しながら行った行為 に起因する損害は塡補されない」という規定があることが分かる。これが一つの争点になるだろう。すなわち、報道によると、東京地裁はあくまで旧経営陣の「過失」を認めた、とされており、「法令に違反することの認識」までは認めていないように思われる。そのため、保険会社としてはこの規定を適用して支払いを免れることを試み、旧経営陣・会社としては、そこまでの認識はないと反論して、保険支払いを要求することになるだろう。

その他一般的な役員等賠償責任保険で免責対象となっているもので、今回適用可能性があるものとしては、「戦争、内乱、変乱、暴動、騒じょうその他の事変に起因する対象事由」(参考:https://tmn-do.jp/about/index01.html)が挙げられるだろう。福島第一原発の事故は、原子力損害の賠償に関する法律において原子力事業者が免責となる「巨大な天災地変又は社会的動乱」(原賠法3条1項但書)には該当しないと整理されているが、あくまでこれは原賠法上の議論であり、個別の保険契約の適用との関係では、この規定に該当するとの主張が認められる可能性もあるだろう。ただし、この規定の例示が戦争等の人為的な混乱であり、自然災害に起因する問題である福島第一原発の事故がこれに該当するかというと疑問符が残ることろである。

こうみると、保険があるから取締役は大丈夫だ、という議論すら怪しいことが分かる。

以上見てみた通り、取締役のリスクをとった経営判断を担保するため、会社法は様々なメニューを用意しているが、今回に限って言えば、いずれも機能しない可能性があり、取締役の十分なプロテクションにならない可能性がある。今回は原子力事故という社会的に大きな問題であったため、逆にプロテクションが働かない方がいいのだという議論も当然あるだろう。しかし、個人の意見としては、13兆円という天文学的数字を個人の責任とするのはいかがなものかと直感的に思う。13兆円は会社が被った損害の一部であるが、旧経営陣の過失と損害について相当因果関係があったのか、この点についてどのように裁判所が判断しているかは気になるところである。裁判所のトーンを見ると、東電旧経営陣の過失を叱責するもののようであるが、損害の範囲の算定において、旧経営陣に対する「懲罰的」又は「社会的な制裁」な思惑が入っていないのか、検討する必要があるだろう。なぜならば、日本の損害賠償法理は、あくまで損害補填であり、「懲罰」や「社会的な制裁」の文脈で語られるべきものではないからである。

いずれにせよ、この額の損害賠償が認められたことは画期的であり、今後の取締役の責任を考える上で重要な裁判例となるだろう。しかし、この裁判は今後も上級審で争われるはずであるので、今後の趨勢を見守りたいと思う。

13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任③

昨日のエントリーの続き:

 

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今日は、5.会社との間の補償契約について考えてみよう。会社との間の補償契約とは、(1)取締役の訴訟等対応費用、又は(2)取締役が第三者に対して支払う損失額や和解額を会社が負担する約束のことである。一見、なぜ会社が取締役の訴訟等対応費用や損害を肩代わりする必要があるのか、と思うかもしれないが、上記のとおり取締役の責任は大きくなることがあるので、取締役のリスクをとった経営判断を可能とし、それにより会社に利益をもたらすことができる仕組みが必要となる。この仕組みの一つとして、この契約が必要な場合があり、その点に補償契約の経済合理性が認められる。

補償契約の内容は個々の契約ごとにより異なっており、したがって、補償対象も個々の契約によって異なっている。しかし、補償対象が過度に広がることを防止するため、会社法は(1)通常要する費用を超える訴訟等対応費用(なお、訴訟等対応費用については通常要する費用の範囲内であっても、自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的とするときは会社は補償金の返還を求めることができる(会社法430条の2第3項))や(2)取締役が悪意又は重大な過失がある場合における損失・和解金の負担は補償契約の対象とすることを禁止している(会社法430条の2第2項)。

では、東電における補償契約はどうなっているのか。これを知る方法はないのか?この点、会社と取締役が補償契約を締結した場合、かかる概要を事業報告に記載する必要があり(会社法施行規則121条第3号の2)、東電についてもその内容を確認することができる。東電の事業報告には、補償契約について以下のとおり説明している。

3.補償契約の内容の概要

当社は,会社法第430条の2第1項に規定する補償契約を取締役及び執行役全員との間で締結し,同項第1号の費 用及び第2号の損失を法令の定める範囲内において補償することとしております。ただし,当社が各取締役又は各執 行役に対して責任追及等を行う場合(株主代表訴訟による場合を除きます。)の費用等については当社が補償義務を 負わないこととするとともに,各取締役又は各執行役がその職務を行うにつき悪意又は重過失があったことが判明し た場合等には当社が補償金の返還を請求できることとしております。

引用:https://www.tepco.co.jp/about/ir/stockinfo/pdf/220526_1-j.pdf

この規定によると、会社法上の制約を超えた制約としては、会社自身が訴訟当事者となる場合を広く補償対象から外していること、訴訟等対応費用についても悪意又は重過失があった場合には広く補償金を返還できるとしている(会社法の原則では訴訟等対応費用については自己図利目的又は加害目的がある場合にのみ会社は返還請求できる)ことの2点を挙げることができる。

これを前提に今回の件を見てみると、まず13兆円という額であるが、これは取締役が会社に支払う額であり、「第三者」に支払うものではない。したがって、補償契約の対象とはならない(補償契約の対象は取締役が「第三者」に支払う損害又は和解金に限定されている)。そうなると、対象となり得るのは訴訟等対応費用についてのみであるが、これも上記のとおり「悪意又は重過失がある場合」には補償の対象とならない。昨日のエントリーでも触れたとおり、東京地裁の判決を前提とすると旧経営陣の「悪意又は重過失」ではないというのは難しいように思えるためである。

したがって、補償契約をもってしても取締役の防御としては弱いように見える。そこで、最後の砦となるのが役員等賠償責任保険契約であるが、この辺りで力尽きたので、この点は明日また書くことにしたい。

続きはこちら:

 

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13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任②

昨日のエントリーの続き:

 

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まずは3.取締役会の決議に基づく責任の一部免除について検討したい。これは定款に「取締役会の決議がある場合には取締役の責任を一部免除できる」との規定がある場合に、取締役会の決議により取締役の責任の一部を免除するものである。そこで、まずは東電の定款にそのような規程があるかというと、、、

(取締役の責任免除)第29

本会社は,会社法第 426 条第 1 項の規定により,取締役が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合は,取締役会の決議によって,その取締役の同法第 423 条第 1 項の責任を法令の限度において免除することができる。

引用:https://www.tepco.co.jp/about/ir/management/pdf/teikan-j.pdf

 

このように定款の規定はあるため、第一の要件はクリアしている。次のハードルとして、旧経営陣が福島第一原発の事故に関して「善意でかつ重大な過失がない」必要がある。すなわち、過失はあるものの、その程度が低い(例えば、福島第一原発の事故の予見は通常の経営者であれば可能であったが、対策を講じるまでの時間的制約があり、予見が可能となってから事故発生までに対策を講じるのは(不可能ではないものの)実務上は困難であるような場合が考えられるだろうか?)場合にのみ、このハードルをクリアできる。

今回の東京地裁の判決全文についてはアクセスできていないが、報道によると、「原子力事業者に求められている安全意識や責任感が根本的に欠如していたと言わざるを得ない」と旧経営陣の態度を厳しく非難しているようである。このことからすると、東京地裁の判決をベースにすると、過失の程度が低いと結論付けるのが難しいかもしれない。

更なるハードルとして、会社法上、この規定に基づき免除をした場合はその事実を公告する必要があり(会社法426条3項)、総株主の議決権の100分の3以上の株主が異議を申し立てた場合、かかる免除は行えないこととなっている(会社法426条7項)。したがって、取締役会の決議でいわば秘密裏に事を進めることをできず、結局は株主から反対されて免除ができなくなる可能性がある。

以上を総合すると、この方法は定款には規定があるものの、なかなかにハードルが高いことが分かる。。

今日はこの辺りで。明日は5.の方法について検討したい。

続きはこちら:

 

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13兆円の損害賠償の行方 - 東電旧経営陣が負う経営責任①

東京地裁は、福島第一原発の事故に関して、東電の旧経営陣に対して合計13兆3000億円の支払いを命じる判決を下した。この判決は、東電の旧経営陣に対する民事上の責任を認める始めての判決であることはもちろんのこと、その13兆円という莫大な損害賠償を認めたことから大きな注目を集めている。

 

www3.nhk.or.jp

 

この判決一つをとっても多くの論点があるが、今回は約13兆円という損害賠償の支払いを命じられた場合、本当に、本当に、旧経営陣は全額支払う必要があるのかという点に絞って考えてみたい。

検討に入る前にいくつかこの検討の前提について話したい。一点目としては、この東京地裁の判決は、まず間違いなく上訴されると考えられるので、今後上級審が異なる判断を下す可能性があるが、この検討では東京地裁の判決が確定したことを前提として議論したい。また、本来的には事故当時の規定が適用されるはずであるが、頭の体操のための検討なので(あけっぴろげに言うと過去に遡って規定を確認する余力がない。。苦笑)、現在の法令・内規等が適用されることを前提に検討したい。

さて、まず大前提として、会社法上、取締役は、いわゆる善管注意義務を会社との関係で負っており、誠実に会社経営をすることを求められている。この善管注意義務に違反した場合、取締役は会社又は第三者に対してそれらが被った損害を賠償する責任を負うのであるが、会社経営という性質上、この損害額は大きくなることが多い。そのため、会社法は取締役の損害賠償義務を限定するメニューをいくつか定めている。具体的には、以下のとおりである。

  1. 総株主の同意による責任免除(会社法424条)
  2. 株主総会の決議に基づく責任の一部免除(会社法425条)
  3. 取締役会決議に基づく責任の一部免除(会社法426条)
  4. 会社との間の責任限定契約に基づく責任の一部免除(会社法427条)
  5. 会社との間の補償契約(会社法430条の2)
  6. 役員等賠償責任保険契約(会社法430条の3)

では、このメニューのうち、今回はどれを使うことができそうか?

まずは、使えなそうなものをピックアップしてみよう。1.及び2.については、株主(の多数)が旧経営陣の責任を免除することに同意することは、この社会的状況を踏まえると、まず考えられない。したがって、今回の検討から外しても問題ないだろう。次に、4.については、会社法は、会社との間で責任限定契約を締結することができる者を社外取締役等の業務を執行しない取締役等に限定している。旧経営陣は業務を執行する立場にあったと考えられるので、この線もまずないと考えられるだろう。

したがって、残りの3.5.及び6.が現実的な選択肢になると考えられる。明日以降はそれぞれの選択肢について一つ一つを検討していきたい。

今日はこんなところで。。

なお、取締役の責任について検討においては以下の書籍がお勧め。さすが中村先生という感じですよね。

[http://:title]

 

なお、続きはこちらから:

 

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開示資料から考えるツイッター社買収合意の解除の可否③

以下の昨日のエントリーからの続き。今日は少しだけここまでの議論をまとめてみたいと思う。

 

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さて、以上の分析からすると、仮にツイッター社がスパムアカウント等の情報をマスク氏に提供していないとすると、実は法律論的にはマスク氏の主張の方が通りやすいように思われる。しかし、そうだとしても、マスク氏が本契約に違反しているのであれば形勢逆転。ツイッター社はマスク氏による解除を免れるだけでなく、(i)マスク氏に本契約の履行を迫るか(報道ではツイッター社が契約の履行を主張しているとあったが、ここまで関係が悪化しているにも関わらず、このディールを進めたいのか謎ではある。。)、または、(ii)自ら解除してリバース・ブレークアップ・フィーとして$1,000,000,000を請求することができるのだ。

日本ではこのような大規模M&Aが大きな訴訟に発展することは少ないが(あっても株式買取請求がほとんどとの理解。もしかしたら大手法律事務所や外資系事務所が寡占しており、私のような企業法務の端くれには依頼されていないだけかもしれないが。。苦笑)、アメリカではこのような訴訟が多発している(私の留学時代の恩師の話によると、大規模M&Aには訴訟が付き物とのこと。なお、これがアメリカのリーガルマーケットを支えており、米国系事務所が強い理由でもあるそうな。)。このような法廷闘争がアメリカにおけるM&Aに関連する法律の発展の土台となっているのだろう。日本ではアメリカに比してM&Aに関連する判例は少ないと言わざるを得ない。裁判例が積みあがれば、M&Aに更なる法的安定性がもたらされ、M&A市場が活性化するという楽観的な見方ができる。しかし、他方で、仮に日本でこのような訴訟が多発するとなると、M&Aに対する消極的な態度を生み、逆に日本のM&Aの発展を阻害するという効果もあるように思う。アメリカでは訴訟ありきでも多くのM&Aが実行されていおり、法的側面からすると丁度いいバランスが保たれているのかもしれない。

今回の件もまた判例集に乗るような大きなケースになるだろう。片田舎の一弁護士として、本件の帰趨を興味深く見守っていたい。