ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

AI時代の法律業界?

はじめに

 

AIの進化には驚かされる。GPT3からGPT4の進化は非連続的なものを感じざるを得ない。私は法律家なので気になるのはやはりBar Examの正答率だ。米国の全州統一の司法試験の結果について見ると、GPT3.5では213/400のところ、GPT4では298/400となったようだ。これはどうやらTop 10%の結果らしい。

 

日本の旧司法試験を解かせてみたというツイートを見かけた。結果としては、まだまだといった印象を受けたが、時間の問題であることは明らかだ。日本の司法試験の結果がふるわなかったのはGPT4がアクセスできる日本の法律の情報量が十分でなかったからであろう。

 

法律問題を解決しようとするとき、日本の弁護士の誰もが条文を見て、紙の本を見る。これが弁護士の基本動作だろう。しかし、私が米国で研修した事務所ではこのような動きをする弁護士はほとんどいなかった。大手判例検索会社が法律情報を体系だって説明したあんちょこを用意しており、彼らは法律問題を解決するためのそのあんちょこを見る。Open AIがこの情報にどこまでアクセスできたかは不明であるが、このような情報に仮にアクセスできたとしたのであれば、米国の司法試験でもTop 10%の結果が出せるのも頷ける。

 

権利関係の処理が難しいであろうが、例えば、Legal LibraryとOpen AIが競業したら、日本の司法試験も解けるようになる日は近いであろう。

 

AI時代の法律業界のストーリーその1ー中小事務所の躍進?

 

弁護士業界のGame Changeの日が近づいているのをひしひしと感じる。

 

ストレートに考えると、中小法律事務所はチャンスの時代が到来しているように思える。大型M&A(それに伴うLDD)、不祥事対応、米国訴訟対応、大型倒産事件、これらの案件は多くのマンパワーが必要とされ、主に四大と言われているような大規模事務所でしか対応できなかった。そして、これらの大型案件が大規模事務所の収益の柱となっており、彼らの地位を盤石にしていた。しかし、数年後はAIを駆使すれば、中小規模でも大型案件を取り組める時代が来るだろう。参入障壁が高かった大型案件の参入障壁がぐっと下がり、ここの競争は激しくなるはずだ。

 

他方、大規模事務所は、多くの人を雇っており、これまでの規模・収益を維持できるかは大きな疑問符が付く。いわば独占していた大型案件は中小規模の事務所にシェアを一定程度は奪われてしまうであろう。また、大量の文書のレビュー、基本的なドキュメンテーションの多くはAIが代替すると思われるので、(レビューという作業は人間に残るものの)タイムチャージという請求方式をとっている限り、これまでのような金額感のリーガル・フィーを請求することはできないであろう。さらに、高額の賃料・バックオフィス人材に対する人件費等の間接費は、中小規模の事務所と比較して、相当程度大きいはずだ。そのようなことを考えると、大規模事務所の将来は暗いものと言わざるを得ない。

 

AI時代の法律業界のストーリーその2ー大規模事務所の寡占化?

 

しかし、本当にそうなのだろうか、とも思う。秘密情報の問題等を考えると、今後は汎用的な法律専門AIをベースを各事務所が導入した後は、各事務所が自らのAIをカスタマイズしていくのではないのだろうか?これが正だとすると、事務所が保有するAIの質は事務所に所属する弁護士の質と案件の数に左右されることとなる。そうなると、弁護士と案件の質・量を考えると、大規模事務所にやはり一日の長があり、大規模事務所が保有するAIの質が他の事務所が保有するAIの質を圧倒するかもしれない。

 

このストーリーの場合、ある種勝負あったで、逆に中小事務所はかなり厳しい立場に立たされる。大規模事務所は安価で良質のサービスを大量に提供でき、それがゆえにさらにAIの質が向上し、さらに安価かつ良質なサービスが提供できるようになる。いわばネットワーク効果が働いている状態だ。大規模事務所が今まで取りこぼしていたいわゆる細かい案件も対応できるようになり、中小事務所を駆逐するという将来像も考えられる。

 

AI時代のために何をすべきか?

 

だが将来は誰にもわからない。私が予想した未来以外のストーリーもあるはずだ。法律事務所はこのような不明確な時代をどのように生き残っていけばいいのであろうか?

 

どうやらAIと弁護士が協同することは間違いない。これまでは法律事務所のKSFは弁護士の質と考えられていたが、どうやらこれからは弁護士「と」AIの質になりそうなことは間違いない。したがって、私であれば、一刻も早くAIを導入し、1秒でも早くAIの教育にいそしむだろう。AIを上手に教育するには、法律家だけでは足りない、AIの仕組みを分かっているプロフェッショナルが必要だ。したがって、IT人材も雇い、弁護士と一緒に自社のAIを強化する体制を整える。

 

またタイムチャージ制の撤廃も重要なイシューだろう。丁寧に、だが、可能な限り迅速に、タイムチャージ制を撤廃し、AIに対する投資も回収できるようなフィー体系に変更する。タイムチャージ制を維持している限り、右肩下がりは避けられない。まずは赤字覚悟で、fixed feeに変更するのはどうだろう?Fixed feeであれば、かけた時間ではなく、数で売り上げを作ることができる。優秀なAIがあれば、数をこなすことは簡単なはずだ。それか、弁護士のタイムチャージだけでなく、AIの使用量も請求するスタイルにする。案件に関連して、AIに読み込ませた情報量及び出力した情報量をそれぞれ請求するのだ。これであれば、大型案件での高額なリーガル・フィーを正当化できるし、依頼者としても納得感があるかもしれない。

 

世の中の仕組みがガラッと変わるので、法律事務所もガラッと変わる必要がある。この変化に取り残される法律事務所から淘汰されていくのだろう。時代の流れに淘汰されないように常に柔軟性を持っていたい。

秘密保持契約における目的外使用その2:情報の色付けの可否について

 

はじめに

今回は前回に続く秘密保持契約(NDA)に関するエントリーである。

前回の記事はこちらから:

 

businesslaw-diary.com

さて、前回の記事は目的外使用について記載したが、今回は情報は色付けできるか?という点について検討してみたい。

 

前回の例で考えてみよう。前回は、A社のM&Aを検討した金融機関の審査部の担当者が、後日、別の商取引(コーポレートローン?)の審査をする場合を検討した。この場合、ウォールを敷いて別の担当者が担当すればよいのではないか、という考え方を示したが、一見これは正しいように思うが、これはある前提に基づいていると思う。情報が色付けできるということだ。前回と同じような例で考えてみよう。

 

甲乙Aの例

 

例えば、金融機関甲の担当者Xは投資会社乙が行うM&Aに対する融資を検討する際に甲との間でNDAを締結した。

甲-NDA(甲乙)-乙

 

担当者Xは、かかるNDA(甲乙)に基づき、乙からA社の直近の財務情報を取得した(本財務情報)。本財務情報によるとA社の業績は急激に悪化しており、これに基づきXは乙に対する融資を中止した。

 

その3か月後、甲の担当者YはA社からコーポレートローンを直接依頼された。YはA社とNDAを締結し、Yも本財務情報を取得した。

甲-NDA(甲A)-A

 

Yも、Xと同様、A社の業績を懸念しコーポレートローンを断った。

 

この場合、いずれも本財務情報を使用しているものの、乙に対する融資を断ったXとコーポレートローンを断ったYは異なるので、一見問題ないように見えるものの、甲という主体で考えるとどうだろう?甲は、本財務情報は乙に対する融資にしか使用してはいけないにも関わらず、Aに対する融資を断っている。NDA(甲乙)の観点からいえば、これは目的外使用に該当してしまうのではないか?

 

NDAの前提

 

多くのNDAでは、目的外使用が禁止される秘密情報は、「情報開示者が情報受領者に対して開示した情報」といった形で規定されている。この規定は、情報開示者が開示していない情報であれば、同じ情報を第三者から入手した場合であっても、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しない、と読み込むこともできそうである。したがって、情報には色が付けられることを前提にした規定とも読める。

 

他方で、多くのNDAでは、「第三者から秘密保持義務を負担せずに取得した情報」については、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しないとしている。この例外規定の趣旨は、情報受領者が秘密保持義務を負担せずに取得した情報を自由に使えるようにするためと考えられており、これ自体は正当であろう。しかし、これは逆に言うと、第三者から秘密保持義務を負担「して」取得した情報は、目的外使用が禁止される情報に該当するということになる。この例外規定まだ読むと、通常のNDAが情報には色が付けられないことが前提となっていると言えるだろう。

 

しかし、これを前提とすると、上記の事例では、上述のとおり、甲は、NDA(甲A)に基づきA社から取得した本財務情報は、NDA(甲乙)上では目的外使用が禁止される情報にあたるということになり、これをA社のコーポレートローンを検討した甲はNDA(甲乙)を違反したことになるという結論になってしまう。これはいかにも具合が悪い結論であるが、巷にあふれているNDAはこの問題は見過ごされているように思われる。

 

解決の方向性

 

当事者の合理的意思解釈という視点で考えると、今回の例でいえば、乙は、甲がA社から本財務情報を取得し、それをコーポレートローンに使用することを禁止する趣旨ではないと考えている可能性が高いし、甲としてもそのような使用が許されていると考えているだろう。この背景には、情報は色付けすることができるというという考えがあるようにも思われる。したがって、一つの解決の方向性としては、NDAにおいて情報が色付けできることを前提とした形にする、具体的には、第三者から取得した情報は秘密情報に含まれない、としてしまうということが考えられる。

 

しかし、情報開示側からすると、これはあまりにも例外が広く一抹の不安が残る。やはり情報は色付けができないことを前提にしつつ、一定の落としどころを探るのが筋がいいだろう。例えば、目的外使用の禁止に以下のような但し書きを加えるのどうだろうか?

ただし、この規定(目的外使用の禁止)は、第三者から秘密保持義務を負担して取得した情報を、当該取得の目的のために使用することを妨げるものではない。

やはりNDAといえど奥が深い。言葉でルールを規定する以上、どこかで曖昧さや不具合・不都合が生じる。これが法律の難しいところであり、おもしろいところだ。

 

今回紹介した問題は、私の中ではかっちとした結論は出ていないところなので、是非皆さまの意見が聞きたいところである。

秘密情報の目的外使用を遵守することの難しさ

秘密保持契約、通称NDA(Non Disclosure Agreement)は企業法務の世界では初歩の初歩で、私も若いころは千本ノックのようにNDAのレビューをしていた。しかし、年次があがるにつれて、NDAは若い人に任せてしまっており、実はここ数年は真面目に検討をしていなかった。私と同じくらいの期の弁護士はどうなのだろう?まだNDAも手を動かして見ているのだろうか?そんなこんなで少しNDAと離れていたが、前のエントリーにも書いたとおり、うちの事務所にも久しぶりの新人弁護士が入ってきたため、私も久しぶりに新人弁護士とNDAを検討した。今日はそんなNDAの話だ。

(前のエントリーはこちら。ちゃんと弁護士会に連絡して名簿登録しました。)

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NDAには必ず目的外使用の条項が入る。例えば、M&Aを検討するために開示された情報は、かかるM&Aの検討のためにしか使わない、というものだ。趣旨としては納得できる。目的外使用により不測の不利益を被ることを防止するためであろう。ご存知のとおり、M&Aではデュー・ディリジェンスといって、M&Aの対象となっている会社の詳細な情報が開示される。その中には会社の財務情報や紛争状況等々、対象会社が不利な情報も多く含まれる。例えば、この買主が、このM&Aとは別に、対象会社と長年の取引関係にある場合、これらデュー・ディリジェンスで開示された情報を、対象会社との商取引のために使われてしまったら、取引の停止等の不足の損害を対象会社が被ってしまうリスクがある。

では、一般論としてはこれが成り立つとして、金融機関のような多数の情報が集まる企業は本当にこの条項を応諾してもよいのだろうか。金融機関だと審査部が特に問題になるかもしれない。上記の例でいえば、本来的にはウォールを引いて、対象会社に対するM&Aを審査した者が、別の商取引の審査をしないようにすべきなのだろう。しかし、審査部は極めて多数の融資を審査する部署であり、そのようなウォールを敷いてしまうと、実務が回らないという事態に陥ってしまうのではないか。また、金融機関は多数の取引先とNDAを締結して情報を取得すると考えられるから、そのようなウォールを立て始めると際限がなくなってしまうという問題があるかもしれない。

実際に、A社のM&Aの審査をした担当者が、A社との別の取引(例えば、通常のコーポレートローン)の審査をする場合を考えてみよう。当然、その担当者はM&Aのときに使用した情報を直接的には「使用」しないようにするはずだ。しかし、そうだとしても、M&Aのときに使用した情報は多かれ少なかれ担当者の心象に影響を与えてしまうのではないか。もちろん濃淡の問題であるが、このような場合は全く問題がない(目的外使用ではない)、と言い切るのは少し不安がある。心象に影響を与えてしまっている以上、方法を無意識的に「使用」したという主張も全く筋がないというわけではないからである。また、この問題が表面化するリスクの程度を考えてみても、M&Aも実らず、コーポレートローンの審査に落ちてしまったら、いわば逆恨みでA社が上記のようなクレームをしてくるリスクは否定できないように思われる。

したがって、このような場合には、目的外使用の禁止について実はなんらかのカーブアウト文言を入れた方がいいのかもしれない。

目的外使用の禁止という当然の条項でも、実はリスクが潜んでいることがある。そのような事案に応じたリスクを指摘するのが弁護士の役割であり、クライアントへの価値提供ができる部分なのであろう。

恥をかきたい

恥をかくというのが年々怖くなっている。弁護士を始めた頃は新しい分野の事件も新しい分野も法律も前向きに取り組めていた。さらに遡れば、ロースクールの頃は法律と名の付くものは食わず嫌いをせずに取り組んでいたし、大学生の頃は法律だけではなく、経済学、会計学、果ては民俗学と、いろいろな分野の学問に手を出していた。

 

しかし、世間でアラフォーと言われる年齢になってくると、想像以上に他人の目を気にするようになってしまった。知らない分野の法律が関わる事件があると、弁護士●年目なのにこんなことも知らないの?と思われたくないので、なるべくなら自分からは関わろうとしないし、法律以外の分野が関わる場合はむしろ自分は触らないようにしている。これは、プロフェッショナルの態度としては正しい態度なのだろう。プロフェッショナルに期待されるのは自分の専門分野での価値提供であり、そのために可能な限り効率的に仕事をすべきである。自分の専門分野以外は当然時間もかかるので効率的な仕事はできないし(クライアントに必要以上にチャージしてしまうことになる)、専門分野以外に手を出してミスをした日には目も当てられない。

 

が、本当にそれでいいのかな?と最近よく思う。プロフェッショナル論を盾にして楽をしようとしている自分、新しい勉強を億劫に思っている自分がいることは否定できない。私の事務所は数年ぶりに新人弁護士を2名採用した。彼・彼女の輝かしい瞳がこの気持ちに拍車をかけるのだろう。彼・彼女の瞳が「本当にそれでいいの?」と訴えてくるのだ(被害妄想)。

 

新人弁護士は本当によく勉強している。驚くべきことは、近頃の若い子は、法律の勉強だけではなく、Web 3・メタバース・ブロックチェーンといった法律以外の分野にも臆せず飛び込んでいる。ただ、彼・彼女は当然だがよく間違える。よく指摘される。しかし、こちらが感心する程のスピードで成長している。間違えることを過度に恐れず、高速にPDCAサイクルを回しているのだ。彼・彼女の姿を見ていると、自分ももっと挑戦しなければいけないのではないか、そして、自分も失敗を恐れずチャレンジをすればもう一皮剥けるのではないか、という気持ちが湧いてくる。

 

とはいえプロフェッショナルサービスを提供するものとして、下手に専門分野を広げると痛い目にあうし、まして自分の専門分野についても未熟であることは重々承知しているので、まずはそちらを深堀りすることを優先したい気持ちがある。どうしようかと思案していたところ、新人弁護から国選弁護の相談を受けた。私が国選弁護を担当したのは遠い昔のことなので、何もかも忘れていた。私も一緒になってあれこれ調べて、新人弁護士は結局不起訴に持ち込むことに成功した!この経験が私の心に火をつけた。そういえば、自分が弁護士としてしたかったことは、社会正義の実現とか、弱者救済とか、法の下の平等の実現とか、青臭いものだった。今はいっちょまえに企業法務弁護士です、という顔をしているけれども(誤解を恐れずに補足するが、この仕事はとてもおもしろいし、誇りをもって仕事をしている。)、その薄い皮の下には青臭い気持ちが未だあることを知った。それを失敗したくない、億劫という気持ちで後回しにしていた。ということで、今年の目標を決めた。国選弁護を久しぶりに(十数年ぶり?)担当する。

 

たくさん間違って、「登録●年目の弁護士のくせに…」と白い目で見られるだろう。もしかしたら、被疑者は「頼りない人が来てしまった」と思うかもしれない。しかし、国選弁護であれば、自分がこの分野の素人であることを白状すれば、優秀な裁判官、検察官の方が(内心では私の手慣れなさを心底嘆いていると思うが)サポートしてくれるはずだし、私の弁護士の友人も力になってくれるはずだ。

 

週が明けたら、弁護士会に電話して、名簿に載せてもらおう。本当は歌もダンスもゴルフもテニスも乗馬もトライしてみたいのだが流石にそれは少し引け目があるので(笑)、まずは刑事弁護から始めてみようと思ったアラフォーの春。

乱文:ChatGPTと弁護士業務

X社に勤める3年目の法務部員Aは、出勤してパソコンを立ち上げると、営業部のBからY社との間でX社の製品に関する売買契約を締結したい旨のメールが来ていた。どうやら今回の売買契約は、継続的な契約であり、また、売買価格も固定額ではなく、原料甲の価格に2割を上乗せした価格になっているようだ。X社には単発かつ固定額の取引しか実績がない。しかし、Aに焦りの色は見えない。X社用にカスタマイズしたChatGPTにドラフトをお願いすれば、5分とかからず正確なドラフトがあがってくるのだ。後はそれを確認し、修正が必要なところを修正してBに送ればいいだけだ。ChatGPTに売買契約の作成の依頼をしたとろころ、今度は広報のCからX社の社員がSNSで炎上しているので法的な問題点及び対応策のベストプラクティスを教えて欲しいとの連絡がきた。X社で社員が炎上するのは初めてだ。しかし、ここでもAに焦りの色は見えない。ChatGPTに聞けば答えはすぐ返ってくるからだ。あとは返ってきた答えを確認し、法律用語をCにも分かるように直したうえで、回答してあげればいいだけだ。

 

これが5年から10年後の(上場企業の)法務部の一般的な姿であろう。このような世界観になったときに弁護士は必要なのだろうか。私としては弁護士が必要と考えているが、理由は以下のとおりだ。

 

まず第一の問題として、ChatGPTの回答の正確性を担保する必要があるからだ。今のChatGPTを使うと分かるとおり(また、存在しない論文が引用されていたという声が聞こえてくるとおり)、ChatGPTはかなりの精度を誇っているものの、まだまだ完璧とは程遠い。ChatGPTの回答はとっかかりとしては大きな意味を持つが、その回答の正確性を担保するため弁護士に確認する必要があるだろう。

 

また、ChatGPTの技術面に詳しくないが、これまでのDeep Learningの延長線上の技術を使っているのであれば、推論は苦手であるはずである。したがって、「あるある」の問題(個社にとっての「あるある」ではなく、世間一般にとっての「あるある」)を解決するには大いに力を発揮するが、未知の問題、学説・判例ともに固まっていない問題については人間の能力の方が高いはずである。今日の弁護士業務を見ても、上場企業からの質問の多くはいわゆる未知の問題であり、「答え」が明らかな問題は少ない。上場企業からすると、「あるある」の問題は社内のリソース(社内弁護士を含む)を使って解決できているのであり、わざわざ外部の専門家を使う必要がないからだろう。

 

このことからもChatGPTが弁護士の仕事を「奪う」ということはない(あるとしてもその範囲は限定的)だろう。他方で、ChatGPTは法務部の仕事を「奪う」かもしれない。法務部が日常的にしている「あるある」の仕事の多くは、ChatGPTにより代替される可能性が高いからだ。

 

かといって弁護士業が安泰化というとそうでもない。

 

ここからは今よりさらに依頼者の弁護士を見る目が厳しくなるだろう。ChatGPTが依頼者と弁護士の情報格差をこれまで以上に埋めるからだ。依頼者は主要な論点、条文、関連する裁判例、これらの情報に瞬時にアクセスできるようになる。したがって、これらの情報を知っていることは無価値になり、それらの情報をいかに事案に当てはめ、分析できるか、これが弁護士の腕の見せ所になるだろう。

 

このことはインターネットが世間に普及されていたことから言われていたことだ。しかし、今日に至っても想像以上に依頼者と弁護士の情報格差は埋まっていない。これにはいくつも理由があると思うが、一つは検索自体に技術が必要であり、必要な情報に辿りつけないことがあるだろう。しかし、ChatGPTではそのような技術は必要ない。誰でも使える「更問」を繰り返せば、簡単に本当に必要な情報にたどり着くことができるのだ。

 

また、タイムチャージで稼ぐビジネスモデルではこれまでのような成長はできないだろう。弁護士業務で最も時間を使うのはリサーチとドラフトであるが、これらはいずれもある程度はChatGPTで代替することができる。弁護士が業務に必要な時間は大幅に削減されるはずだ。

 

例えば、上記であげたSNSでの炎上の法的問題とベストプラクティスを調べようとしたら、法的問題を調べるのに2-4時間、ベストプラクティスを調べるのに同じく2-4時間くらいは平気でかかるだろう。全体で10時間弱の稼働になり、1時間2万円のタイムチャージであれば20万円だ。これがChatGPTに聞いて、その裏どりをするだけなので、3分の1又はそれ以下の時間で解決できるだろう。

 

楽観シナリオも考えられる。誰もがChatGPTで法的問題を発見することはできるので、弁護士の相談が増えるというものだ。しかし、わざわざ弁護士に聞く人が増えるとはあまり考えられないだろう。したがって、タイムチャージで稼いでいるいわゆる企業法務系の弁護士事務所は、タイムチャージ制を維持する限り、これまでのように売上を伸ばすことは難しいだろう。

 

では、このような事務所の次の一手は何であろうか?私個人としては、単価をあげるかしかないと思う。逆に我々の付加価値を積極的にアピールする(すなわち単価をあげる)いいチャンスと捉えることもできる。依頼者と弁護士の情報格差がなくなり、ChatGPTの回答という一つの基準ができるため、依頼者も弁護士の能力をより客観的に評価できるようになるだろう。素晴らしいサービスであるChatGPTを超えるアドバイスをすれば、依頼者はいかに有用なアドバイスを受けているかより強く実感し、単価が高くとも喜んで支払っていただけるのではないか?私個人としては、法律事務所の単価は、ビジネスコンサルの1時間の単価くらいまであげてもいいのではないかと思っている、

 

上記のようなサービスを提供するため、我々弁護士の日々の研鑽は欠かせないだろう。しかし、それは従前のような知識を得る形の研鑽では不十分かもしれない。常に未知の問題にチャレンジし、自分なりの答えを見つけるのが何よりも重要だ。この能力は本を読んでも身につかない。となると、日々の1件1件の案件を大切にする、という使いつくされたつまらない教えが重要なのではないか、とここまで書いて、一周回って気づかされたような気がする。

はー弁護士業務って研鑽ばっかりで辛いっすね笑

 

 

Rights of first offer? Rights of first refusal?

新年の抱負

久しぶりの投稿になってしまった。忙しくてブログから少し遠ざかると、すぐにブログを書く習慣がなくなってしまう。今年は月一(願わくば月二)でM&A関連トピック、法務トピック又はその他の雑トピックを書いていきたいと思う。

今回何を書くか迷った挙句、あまりいい話題が見つからなかったものの、先日久しぶりに株主間契約をドラフトする機会に恵まれたので、株主間契約絡みの話題、特に紛らわしいRights Of First Offer(ROFO)とRights Of First Refusal(ROFR)について書いていきたいと思う。

前提

株主間契約はある会社の株主の間で締結されるもので、主に合弁会社、共同投資の場合に用いられる。その内容は、株主間契約を締結する場面により異なるものの、当事者が保有する株式の処分方法については多くの株主間契約で規定されている。株主間契約が締結されるような場面では、株主が変更されることは想定されていないが、仮に株主が変更した場合、株主間の関係だけでなく、発行会社の運営等にも影響する。このように株主の変更は合弁会社の運営等にも影響を及ぼす重要な事象であることから、保有する株式の処分については、多くの株主間契約で規定されているのであろう。保有する株式の処分に関するルールの一つが冒頭で紹介したROFOとROFRだ。

例えば、AとBがそれぞれ51対49の割合で合弁会社Xを設立した場合を考えて欲しい(=X社の株式の保有割合はA51:B49)。合弁設立後、数年間はXの成長に尽力していたものの、Xの運営方針の違い又は財務状況等から、Bが保有する株式を処分する場合を考えてみよう。Aからすると、Bが見ず知らずの第三者CにX社の株式を売却してしまった場合、AはCとX社を運営することになってしまい、当初の想定と異なりいくつもの不都合が生じる可能性がある。このような状況を回避するために、Aが行使できる権利がROFOとROFRだ。

ROFOとROFR

ROFOは、その名の通り、先行してOfferをする権利である。上記の例を用いると、BがCにX社の株式を売却しようとした場合、まずはAに対してお伺いを立て、Aに株式購入のofferをする機会を与える必要がある。この場合、AがofferをするかどうかはAの裁量であり、Aはofferをしないこともできる。

ROFRは、refusalをする権利であるが、その語感からはどのような内容か少しイメージがしにくいと思う。上記の例を用いて説明すると、BがCにX社の株式を売却しようと考えた場合、BはまずはCとの間で売却条件を詰める。その後、Aに対して、「Cと決めた条件」でBからX社の株式を購入するかお伺いをたてる必要がある。このように実際にはAがCに優先して(BC間で詰めた条件で)X社の株式を購入できることから、日本語では先買権と呼ばれている。

ROFOとROFRの違い

上記の説明だけではROFOとROFRの違いについて今一ピンと来ていないと思う(かく言う私もそうだ)。そこで、もう少しこの違いについて説明させてもらいたい。

ROFOの場合、BはCと交渉を始める前にAにお伺いを立てればよいため、Aに興味がなければ、BはCとの間で株式の売却交渉ができる。Bからすれば、まずはAと交渉する必要があるという一定のハードルがあるものの、その手続きを踏みさえすればCに売却することは可能である。

しかし、ROFRの場合、Cとの交渉が先行する。したがって、Aが株式を購入することになった場合、BC間の交渉は水泡に帰してしまうし、Cの立場からすると、Bと交渉したとしても結局Aに買われてしまう可能性があるので、そもそもBと交渉したいとは思わないだろう。したがって、ROFRは、ROFOに比して、そもそも売却候補相手が見つけるのが困難という側面があるため、売却のハードルが実務上相当程度高くなると考えてよい。

このことから、ROFOは譲渡希望株主(B)有利の条項で、ROFRは残存株主(A)有利の条項と言われている。

まとめ

名前と機能が似ているだけに混同されがちの両者であるが、株式譲渡のハードルという面では大きく異なる。将来自らが株式を譲渡する可能性の大小を見据えて、いずれの条項を選択するか検討すべきであろう。

インターネットの世界では株式譲渡に関する条項の解説はあふれているものの、株主間契約に関する条項の解説は未だ十分ではないと思うので、これから少しずつ株主間契約における条項の解説をしていきたいと思う。

オイシックスによるシダックスに対する異例な公開買付け③ - コロワイドによるフード関連事業の買収提案

はじめに

シダックスの件で新たに続報が出ましたので今日は少しだけこの件について書きたい。これまでのシダックスの件のエントリーはこちらから。

 

businesslaw-diary.com

 

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日経の記事:コロワイドによる買収提案

まずは日経の記事*1。これによると、シダックスの意見表明報告書で言及されていたアライアンス候補がコロワイドであったことが判明し、コロワイドが6日に改めてシダックスのフード関連事業の買収提案をしたようだ。

www.nikkei.com

この件のインプリケーションとしては、シダックスの取締役からすると、オイシックスとコロワイドのいずれかを比較検討をする必要性が高まり、おいそれとオイシックスの提案に賛成できないことが明らかになったということだろう。昨日の反対意見の裏付けができ、説得力が高まった、ということだ。

また、ユニゾンからすると、コロワイドの買収提案がインサイダー情報に該当する可能性がある、との主張が一定程度根拠づけられることになる。すなわち、オイシックスはコロワイドの買収提案はインサイダー情報に該当しないと主張していたが、その最大の理由はコロワイドの買収提案が既に撤回等されたものである、ということだ。今回のコロワイドの買収提案により、コロワイドの買収提案は撤回等がされていない現在も有効なものであることが根拠づけられた。そうだとしても、コロワイドの買収提案がそもそもインサイダー情報に該当するかは疑義があると私自身は考えているところであり、ユニゾンの旗色が悪いことには変わらないように思う。詳細は前回のエントリーを参照されたい。

ユニゾンによる応募方針の公表

また、9月6日、ユニゾンもオイシックスによる公開買付けの応募方針について明らかにした。内容としては、インサイダー取引規制違反のおそれがなくなること及びシダックスが賛同意見表明することの条件が揃わなければ応募しないというもので、これまでの開示資料から明らかにされていたことを自らの口で繰り返したこととなる。

www.unisoncap.com

この公表の真の意図は分からないが、外野から見ると少し悪手なようにも見える。なぜなら、創業家からユニゾンに対する保全の訴えが提起されるリスク、そして、その保全の訴えが認められるリスクが一定程度高まったと思えるからだ。すなわち、裁判において、将来の不利益に対する救済を求めるためには、将来の不利益が生じる蓋然性が高いことを証明する必要がある。仮に、ユニゾンが戦略的に曖昧な態度をとり続けていた場合、ユニゾンが応募するか否かは公開買付期間の終了まで待たないと分からず、創業家としても保全の訴えを提起するかは悩ましいところだっただろう。しかし、今回のように、オイシックスが反対意見を表明した後、ユニゾンが自らの口でシダックスが賛同しなければ応募しないことを明示してしまうと、ユニゾンが株式を売却しない可能性が相当程度高い(なお、理論上はシダックスが意見を変える可能性がる)ため、創業家としても保全の訴えを起こしやすく、また、保全の訴えを起こした場合に認められる可能性が高まっているといえるのではないか。なお、ユニゾンの方針は既に別の開示資料から読み取れるところであり、実際にユニゾンの開示がどこまで裁判に影響を与えるかは分からないが、創業家の心理上及び裁判上不利に働く可能性があるのは間違いがなく、あえてこのような公表をする必要があったかは疑問が残るところだ。

シダックスの反応

これに対して、現時点ではシダックスは何も反応していない。前回のエントリーで説明したとおい、シダックスからコロワイドから買収提案があったとの内容を開示してしまうと、この情報がインサイダー情報の対象から外れてしまうので、この件の詳細を開示することはないように思われる。

今後の見通し

前回のエントリーに比してさらに創業家がユニゾンに対して訴訟を提起する可能性が高まったのではないか。人間味あふれる泥試合になってきたが、今後の展開に注目したい。

*1:本論と外れので脚注にしておくが、、この日経の記事はどうなのであろうか。。率直に言って論旨が不明確かつ不正確である。これならよっぽど有名ツイッタラーの解説の方が有益ではないか。