ビジネスロー・ダイアリー

中年弁護士の独り言兼備忘録

JIPによる東芝に対する公開買付けに関する契約の雑感②

 

大分時間が経ってしまったが、JIPの東芝に対する公開買付けについて筆を進めていきたい。

 

前回はこちらから

 

businesslaw-diary.com

 

 

4.表明保証

 

表明保証についても予告プレスには記載されている。JIP側の表明保証は通常のM&Aにおける買主側の表明保証と同様、ライトなものになっている。特筆すべきは東芝側の表明保証であろう。東芝側の表明保証は以下のとおりだ。

 

本公開買付契約において、…当社(筆者注:東芝)は、

①設立、存続及び権限の有効性、

②本公開買付契約の締結及び履行に必要な権利能力及び行為能力、

③本公開買付契約の有効性及び強制執行可能性、

④本公開買付契約の締結及び履行についての法令等との抵触の不存在、

⑤反社会的勢力との取引・関与の不存在、

⑥倒産手続の不存在、

⑦有価証券報告書の正確性、並びに

⑧当社が公開買付者に開示した一定の情報の正確性

について表明及び保証を行っております。

 

記載から見て分かるとおり、表明保証の内容は非常に限定的なものとなっている。

 

通常のM&Aでは、いわゆるファンダメンタルRepと呼ばれる表明保証とビジネスRepと呼ばれる表明保証がなされる。前者については、その名前のとおり、取引の根幹をなす基礎的な事項に関する表明保証であり、具体的には会社の有効な設立、契約の有効な成立等である。後者は、対象会社の事業に関する表明保証であり、具体的には、例えば、法令順守、契約不履行の不存在、訴訟・紛争の不存在等々が挙げられる。

 

通常のM&Aでは、後者のビジネスRepが表明保証条項が「肝」となる。なぜならば、通常ファンダメンタルRepについては問題ないことが多くあり(問題があった場合でも他の条項等で何らかの手当てがされる)、リスクの分担と情報開示という表明保証の機能が発揮されるのはビジネスRepだからである。しかし、東芝の案件においてはこのビジネスRepがすっぽりと抜けている。

 

考えられる可能性としては、買主が十分にDDを実施することができ対象会社の事業について一点の曇りもないか、売主の方が交渉力が強くビジネスRepを一切受け入れられないという主張を買主側が応諾せざるを得なかったかであるが、、前者は実務上まずありえないので、後者(売主の交渉力が非常に強かった)が実際のところなのだろう。

 

他方、東芝の表明保証として情報開示の正確性の表明保証(⑧)がされている。この表明保証が売主に応諾されることはまずない。なぜならば、DDでは大量の資料が開示され、その資料の全てを細部にわたるまで売主がチェックすることは困難であるため、提出した資料が全て正確であることを表明保証するのは高いハードルがあるからである。しかし、東芝はこの表明保証を受けている。

 

これは私の想像にすぎないのであるが、JIPはビジネスRepを一切要求しない代わり、この情報開示の正確性に関するRepを要求し、東芝がこれを受けたのであろう。JIPとしては、開示された情報が正確なのであれば、東芝の実像は自分達がDDで知った東芝像は一致しているはずであり、ビジネスRepは不要と整理したのではないだろうか?

 

5.取引保護条項

 

取引保護条項とは、公開買付けの案件で付されることがある条項であり、主に米国で発展した条項である。公開買付けになると、いわば対象会社はon saleであることが市場に知れ渡る。その結果、公開買付けの発表後、意図せぬ第三者から買付提案を受ける可能性がある。このような買付提案を受けた場合に、対象会社側が元々の買主側に有利になる方向で動くよう義務付けるのが取引保護条項である。

 

ここで「有利になる方向で」で少しぼやかした記載にしたのは、対象会社の善管注意義務と関係している。すなわち、必ず元々の買主を実行しなければならないと義務付けてしまうと、対象会社の取締役の善管注意義務に違反する場合があるのである。例えば、元々の買主の提案価格が100円、意図せぬ第三者からの提案価格が1000円だった場合、少数株主は意図せぬ第三者からの提案を好むであろう。それにも関わらず、対象会社の取締役が少数株主の利益を鑑みずに100円の提案(元々の買主の提案)を優先することは、対象会社の取締役は善管注意義務に違反するのではないのかと議論されているのである。

 

米国では上記の場合は善管注意義務違反になると考えられているが、日本では必ずしも善管注意義務違反にならない(価格だけでは違反か否かは断言できず状況次第)と考えるのが実務感覚であり、東京高裁も似たような判断をしている。

 

さて、本件における取引保護条項は以下のとおりだ:

 

また、本公開買付契約においては、当社は、自ら又は第三者を通じて、競合取引に関する交渉等の一切を行わず、又はその子会社をして行わせてはならないものとされており、当社が競合取引に関する申出を受け、又は、その子会社が申出を受けたことを認識した場合には、直ちに、公開買付者に対して、その旨及び当社が認識する限りの合理的な範囲 で当該申出の具体的な内容を通知し、公開買付者とその後の対応について協議するものとされております。

なお、当社が競合取引に関する交渉等の禁止に係る義務に違反することなく、公開買付者以外の者が本対抗提案を行った場合には、(i)本公開買付けが成立する前に限り、本対抗提案を行った者との間で、本対抗提案に関連した協議、交渉、情報提供、当該提案に対する応答を行うことは妨げられないとされており、また、 (ii) 当社は、(x) 本賛同意見を維持することが当社の取締役の善管注意義務違反を構成する合理的な可能性がある旨の外部弁護士の意見書の提出を受けること、 (y)本対抗提案の受領及び当該意見書の取得について直ちに公開買付者に通知し、当該通知後5営業日後の日又は本公開買付期間の末日の5営業日前の日のいずれか早い日までの間、本取引に係る再提案の機会を与えるために直ちに公開買付者と誠実に協議すること、及び、 (z) 当該協議の結果、公開買付者が、本対抗提案が提示する公開買付価格を超える価格に引き上げる旨の再提案を行わないことを条件として、本賛同意見の変更又は撤回を行うことができるものとされております。

また、当社が本賛同意見の変更又は撤回を行った場合、当社又は公開買付者は本公開買付契約を解除できることとされており、これによって本公開買付契約が解除されたときは、公開買付者は、 ブレークアップ・フィーとして、当社から20億円を受け取ることができるものとされております。

 

非常に長いので簡単にまとめると、「競合取引は原則として禁止だが、例外として、(x)JIPとの取引を継続するが取締役の善管注意義務違反となる可能性があるという意見を弁護士から取得し、(y)JIPに対して再提案をする機会を与えたにもかかわらず、(z)JIPが再提案をしなかった場合は、競合取引を優先してもよい」とされている。また、「東芝が競合取引を優先した場合、JIPは契約を解除したうえ東芝に20億円を請求できる」という規定になっているようである。

 

この規定自体は日本における一般的な取引保護条項であるが、JIPの再提案期間がたった5営業日しかないこと、ブレークアップ・フィーが20億円になっていることから、東芝の交渉力の強さが伺える。

 

6.終わりに

 

各条項に東芝の交渉力が強いといった言及をしたが、これは不適切であり、むしろJIPがリスクをとって本件を取りに行ったと見ることができるかもしれない。報道によると、11月頃から対抗馬はいなくなっていたはずなので、JIPとしてはもっとごねることができたはずであろう。それにもかかわらず、東芝に有利な条件を飲んでいるということは、本件取引を採りに行くというJIPの執念の現れかもしれない。

 

JIPは日系企業10数社と交渉して、数千億円という単位のお金を集めたという報道もあった。このことから考えても、このディールはJIPの執念の賜物なのかもしれない。

「ビジネス教養としての半導体」の感想とものづくり太郎様について

半導体が騒がれているので読んだ一冊の紹介。

 

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著者は半導体商社の代表取締役。著者の会社は2001年に設立され、2004年にはマザーズ上場(すごい!)、その後、米国企業(アロー・エレクトロニクス)の子会社となったようだ。

 

この本は前々から話題になっていたし、Amazonの評価も高いので相当期待していたが、正直な感想は少し期待外れといったところだ。初心者向けの本ということで致し方ないのであろうが、内容としてはネット記事をまとめた程度の情報量にとどまっていた。他方、初心者向けにも関わらず、IDM等のテクニカルワードが急に使われたりと、きちんと理解するには別の媒体を参照する必要があり、決して親切な本ではなかったように思う。

 

この本の概要をまとめられると以下のとおりだ:

・半導体は1兆ドル市場にも到達する成長市場。

・半導体市場に関わるプレイヤーは多岐にわたる。垂直統合モデルで半導体を製造するメーカー、水平分業モデルで半導体を製造するメーカー、半導体装置メーカー、半導体材料メーカー、半導体商社等々があげられる。

・半導体製造には様々なプレイヤーが関与していることもあり、半導体のサプライチェーンは非常に複雑かつ世界中に張り巡らされている。その結果、サプライチェーンは脆弱となっている。

・日本企業はかつては半導体市場の雄であったが現在はその勢いに陰りが見える。特に最先端半導体メーカー(工場)がない点が痛手。しかし、半導体材料、半導体装置、半導体製造の後工程ではシェアが高く、プレゼンスが高い。日本企業は半導体市場において厳しい闘いを迫られているが、日本には優秀な半導体設計者が生まれる可能性もあるし、また、優れた電子装置メーカーもありその電子装置メーカーとリエゾンして半導体を製造することも考えられることから、勝ち筋もあるだろう。

 

記載のとおり特に珍しい内容ではなく、この分野に興味がある方であれば一度は目にした言説であろう。

 

したがって、この分野について全く調べたことがない人にとっては適切な入門書かもしれないが、そうでない人にとっては入門書としても少し歯ごたえがない内容になってしまっていると思う。

 

この本以外にお勧めの入門書があれば教えて欲しいが、半導体を調べているときに発見したこのYouTuberを是非とも紹介したい。

www.youtube.com

 

ものづくり太郎さんの詳細は不明であるが、動画内容は秀逸である。どの動画を見ても基本的には基礎的な内容から入り、その後応用的内容(その動画の主題)を説明する形になっているので、初めて半導体に触れる方にとっても優しい内容になっている。動画の内容が少し難しかったとしても、半導体だけでも製造工程から各メーカーの紹介、最新の半導体関連技術(パッケージング技術のトレンド)の紹介等、非常に豊富なラインナップになっているため、かならず基礎的な内容を説明した動画もあるというのも魅力的である。

 

また、ビジュアルを使っての説明なので(私のような文系には)イメージが湧きにくい、製造工程等の技術的な内容もすっと入ってくる。論より証拠。まずは半導体の製造工程に関するこの動画を是非観て欲しい。

www.youtube.com

 

私が何より感動したのは、技術面に終始するだけでなく、ビジネス的に側面にも踏み込んだ解説もしていることだ。例えば、半導体装置メーカーを説明したこの動画は一見の価値ありだ。

www.youtube.com

 

我々弁護士的な感覚からすると映像で学ぶことは邪道、本で学ぶこと王道という刷り込みがあるが、動画のクオリティが本のクオリティを勝る例をまざまざと見せつけられたような気がする(未知の分野を学ぶときは動画コンテンツに一日の長があるのでその点は割り引く必要があるが)。

 

話が逸れてものづくり太郎さんの礼賛のポストとなってしまった。ただ、弁護士諸兄は、仕事において依頼者のビジネスが十分に理解できない(その結果、契約書の肝も分からない)という経験を誰もがしているだろう。そのようなとき、我々はどうしても本等の活字媒体で調べてしまいがちであるが、動画コンテンツもあなどるなかれである。是非一度YouTube等の動画コンテンツで調べてみて欲しい。そして、ものづくり太郎さんのクオリティに驚いてほしい笑

公正な買収の在り方に関する研究会が公表した指針原案の雑感-Majority of Minorityが許される場面の整理

 

はじめに

 

GWが終わるので久しぶりの投稿をしたい。GWも体感としては一瞬で終わってしまったが、普段はできないインプットができて個人的には満足のいく休暇だった。今回はGW期間中に読んだ公正な買収の在り方に関する研究会が発表した指針原案(第8回研究会での議論用)の雑感を書いてみたい。

 

なお、ご存知のとおりであるが、公正な買収の在り方に関する研究会は各回で使われた資料や議事録を公表している。気になる方がいれば是非原本もご覧いただきたい。

www.meti.go.jp

 

前提

 

まずは前提として、公正な買収の在り方に関する研究会の研究対象を説明したい。各回で対象となる主題が少しずれているようにも思えるが、有体に言ってしまえば、いわゆる敵対的買収(研究会で使われている言葉を使えば「同意なき買収」)を仕掛けられた場合の取締役(会)の行動指針とまとめられるだろう。その外延は実は不明確であるが(例えば、取締役の選解任を通じて実質的に対象会社を支配する場合もある)、主な対象は同意なき「買収」がされた場面と考えてよいだろう。

 

さて、記載内容については、今までの裁判例を踏まえたものであり、特段目新しい物はないといったものである。実務家からしたら、「まぁそうだよね」というものをまとめているという印象であるが、このような形でまとまった資料があること自体に価値があると思う。ただ、実務家が最も気になっており、今後最も争点になると思われる論点である”Majority of Minorityの株主総会”がどのような場合に許されるのか、という点に回答や指針が出されなそうであるのは少し残念であった。

 

同意なき買収に対する買収防衛の総論

 

この議論の前提として、どのような場合に同意なき買収に対する防衛が許されるのか?という点について説明する。細かい法律的な議論はおいておくと、要するに防衛をする「必要性」と「相当性」が認められる場合に防衛が許されると考えられている。

 

この「必要性」と「相当性」の考慮要素として最も大事なものは、「必要性」については株主総会での承認、「相当性」については買収者に対する損害軽減の可能性が担保されていることだ。

 

まずは「相当性」について簡単に補足すると、現在実務上使われている新株予約権無償割当スキームを利用すれば多くの場合で「相当性」は認められるだろう。なぜならば、現在実務上使われている新株予約権無償割当スキームによれば、買収者に対して第二新株予約権が交付され、かかる第二新株予約権は株式保有割合が一定割合以下になった場合に会社が買い取るというスキームとなっている。すなわち、買収防衛策が発動された場合は、一定の割合を超える部分の株式については金銭で返還されるという仕組みになっているのだ。ただし、例外として、三ツ星事件のように新株予約権無償割当スキームを利用しても買収者が実質上損害を軽減できない場合は「相当性」は認められないので注意されたい。

 

「必要性」が認められるMajority of Minority

 

次に「必要性」については株主総会の承認が最も重要な要素である。ここに冒頭で記載したMajority of Minorityの議論が関係してくる。通常は買収者を含めた株主を考慮した上で承認の可否を決めるが、東京機械製作所の判例をベースにすると、買収者を考慮しない形での株主総会承認でも「必要性」が認められる可能性がある。実務家としてはこの点が最も気になる点であった。

 

この点について、一定の指針を出すことを期待していたが、残念ながらこの点の指針は出されないようである。

 

現在公表されている指針はあくまでドラフトであり、研究会の議論を経てアップデートされていく。逆に言うと、指針原案を追っていけばどのような議論がなされているかある程度追えるのである。特に今回は前回からのアップデート部分が示された指針も公表されているので、その点を見ると実に興味深い。

 

実は前回公表された指針原案を見ると、この点についても一定の指針を示すことを目指していることが分かる。しかし、今回公表された指針原案ではその点がばっさり落とされ、すっきりとした記載になっている。興味がある方は是非指針原案の49、50頁をご覧いただきたい。

 

東京機械製作所の事件では、買収者の市場内買付けによって株主に対して強圧性が発生していたこと、買収者が大量保有報告書の提出を故意に遅延していることを理由として、買収者を除いた株主総会承認を正当化していた。しかし、市場内での株式売買には一種の強圧性はつきものであり、この件でそれを取り立てて問題視することには違和感がある。大量保有報告書の問題についても、本来的には大量保有報告書規制の文脈で解決すべきである。最高裁の理由付けはこの点から説得力が十分にあるとはいえず、どうしても結論ありき(この部分は闇が深いので調べたい読書は独自で調べて欲しい)の超法規的な解釈に思えてならない。

 

経産省が大々的にMajority of Minorityが許される場合の整理を諦めたことからも、東京機械製作所の判決を一般化する形で正当化することは難しいことが見て取れるように思える。

 

したがって、実務家としてはやはりMajority of Minorityは基本的に認められない、東京機械製作所の判例は事例判決であり、たとえ同様な事例だとしてもMajority of Minorityが認められる可能性は低いと言わざるを得ない、といった態度で臨まざるを得ないように思う。

JIPによる東芝に対する公開買付けに関する契約の雑感①

はじめに

このブログでも紹介した東芝の非公開化の案件がついに一段落がついたようだ。これまでの報道からはJIPと政府系ファンドのJIC(正確にはその子会社のJICキャピタル)が争っていたようであるが、最終的にはJIPがスポンサーとなることで幕引きとなった。ここに至るまでの様々な憶測や報道からすると、本件は、二転三転・四転五転したようであり、関係者各位には心からの敬意を示したい。

 

さて、今日はJIPの東芝に対する公開買付け(「本公開買付け」)をリーガルの観点から少し解説してみたい。特に、開示資料を見ると、JIPと東芝は「本公開買付契約」なる契約を締結したことが分かり、開示資料から分かるこの契約の輪郭を説明したい。

 

本公開買付けの予告プレスはこちらから

https://www.global.toshiba/content/dam/toshiba/jp/ir/corporate/news/20230323_1.pdf

 

公開買付の予告プレス

 

まずは前提として、3月24日に開示された上記の資料は、公開買付けの開始を開示したものではなく、公開買付けの開始を「予告」するものだ。これは「予告プレス」と呼ばれており、法律上の位置づけは少しトリッキーなので、まずはこの予告プレスについて簡単に説明したい。

 

法令上、公開買付けの「開始」については開示が強制されているものの、公開買付けの「予告」については開示は強制されていない(※)。では、なぜこのような開示をするのかというと、独禁法等の対応のため多くの関係者を巻き込む必要がある場合、少数のディール部隊では対応できないので、公開買付けの「予告」を開示し、いわばディールを公にすることで多くの関係者を巻き込むためと一般的には言われている。

 

このように、一定規模以上の公開買付けにはおいて、独禁法等の規制法が絡むことが多いため、近年は「予告」プレスがする例も増えていると感じられる。例えば、KKRの日立物流に対する公開買付けにおいても「予告プレス」がなされている。

 

(※)なお、一般論として、「公開買付けの予告」が開示対象となっていないということを強調したかったため、このような書き方をしているが、本件で締結された「本公開買付契約」は、金商法及び東証規則のキャッチオール条項に該当するのは明らかであり、東芝からすると法令上の開示は必須と思われる。例えば、ベインの日立金属に対する公開買付けにおいては、ベインサイドは「予告」プレスはしていないが、日立金属は対象者の意見表明の「予告」プレスを行っている。これはベインサイドは上場会社でないため開示が強制されず、他方で日立金属は上場会社でありキャッチオール等による開示が強制されるため、このようなアンバランスな開示になったと思われる。

 

本公開買付契約

 

さて、本題の本公開買付契約についてだ。プレスから分かるのは以下の条項である。

1.概要

2.前提条件

3.表明保証

4.取引保護条項

5.その他

 

これらについて一つずつ見て、私の雑感を述べたいと思う。

 

1.概要

 

まずは概要、すなわちこの契約の主たる義務内容・目的について見ていきたい。

 

結論からすると、東芝がJIPに対して公開買付けを義務付けることが本公開買付契約の目的と考えられる。予告プレスの該当部分は以下のとおりだ。

 

本公開買付前提条件が成就していること(又は公開買付者が対象者との合意若しくは公開買付者の裁量により本公開買付前提条件を放棄していること)を条件として公開 買付者が本公開買付けを実施すること

 

このような公開買付けを義務付ける契約が締結されるのが一般的か?と問われると、ケースバイケースと答えようがない。ここはほかの実務家の意見も聞きたいところだ。ただ、冒頭で説明したとおり、独禁法等のクリアランスが問題にならない(=公開買付期間中に取得できる見込みが高い)案件ではこのような契約は締結されず、一気阿世に公開買付けを開始してしまうことが多いと思われ、そうではない案件ではこのような契約が締結されると思われる。

 

例えば、KKRによる日立物流に対する公開買付けにおいても、ベインによる日立金属に対する公開買付けにおいても、クリアランスが問題となる事例であるが、これらの案件でも、それぞれ「本基本契約等」・「本不応募契約」という契約の中でベインの公開買付けの開始の前提条件に関する合意をしているようである。以下、参考までに該当部分を転記する。

 

KKR→日立物流

なお、本基本契約において、本公開買付けの条件に係る事項、本公開買付前提条件、…競争法上のクリアランス取得に向けた努力義務、…従前の慣行に従った通常の業務の範囲内においてその業務を行うことに係 る努力義務、…等を合意しております。

 

ベイン→日立金属

本不応募契約において、本公開買付開始前提条件、公開買付者及び日立製作所に よる表明保証事項(注)、競争法上のクリアランス取得に向けた努力義務、公開買付者及び 日立製作所が本不応募契約に基づく自らの義務の不履行又は表明保証事項に違反した場 合の補償義務、自らに発生する公租公課及び費用の負担義務、秘密保持義務、契約上の権 利義務の譲渡禁止義務を合意しているとのことです。

 

2.前提条件

 

さて、この主たる義務の発生条件となる前提条件は以下のとおりだ。

 

本前提条件は、大要において、

①本クリアランスの取得、

②当社取締役会が、本公開買付けが実施される際に、(i)本公開買付けにおける当社株式1株当たりの買付け等の価格(下記「2.買付け等の価格」の箇所において定義します。)が一定の合理性を有する旨の言及を含み、(ii)本公開買付けに賛同する旨の意見を表明することを決議し、また、かかる決議が撤回又は変更されていないこと、

③当社取締役会が本公開買付けに関連して設定した特別委員会が、当社取締役会に対して、上記(i)及び(ii)を満たす当社取締役会としての意見を表明することは相当である旨の答申を行い、また、かかる答申が撤回又は変更されていないこと、

④本公開買付契約に定める当社による表明及び保証(注2)【筆者注:この点については3.で議論する】が、いずれも重要な点において真実かつ正確であること、

⑤本公開買付契約に基づき当社が遵守すべき義務(注3)の重大な不履行又は不遵守がないこと、

⑥当社及びその連結子会社を総体としてみて、その資産、経営又は財務状態に重大な悪影響が生じておらず、かつ、貸付実行不能事由((i)天災・戦争テロの勃発、(ii)電気・通信・各種決済システムの不通障害、(iii)東京インターバンク市場において発生した円資金貸借取引を行い得ない事由、及び(iv)その他上記(i)から(iii)までに準じる金融機関の責によらない事由のうち、これにより金融機関からの資金調達の実行が不可能又は著しく困難となったと第一順位のシニアローン貸出金融機関が客観的かつ合理的に判断するものをいいます。)が発生していないこと、

⑦当社の全ての取締役が当社に対して、本スクイーズアウト手続(下記「(2)意見の根拠及び理由」の「①本公開買付けの概要」の箇所において定義します。)の完了を条件として取締役を辞任する旨の辞任届を提出していること、

⑧当社の株主により、剰余金配当に係る株主提案がなされていないこと、

⑨本取引を制限又は禁止する政府機関等の判断等が存在しないこと、

⑩本公開買付けが開始されていたとするならば、本公開買付けの撤回が認められるべき事情が発生していないこと、

⑪当社に関する未公表の重要事実等が存在しないこと、及び

⑫2023年3月期末時点の当社の連結ネット有利子負債の額が、当社がその予想値として公表している金額を上回らないこと、から構成されます。

 

①については、当然だろう。独禁法等のクリアランス抜きに本公開買付けを実施してしまえば、該当国の法令上違法な公開買付けとみなされ、該当国の当局から本公開買付けを止められかねない。

 

②、③についても、公開買付けの案件であれば当然と言える対応であろう。対象者の取締役会が賛同意見表明を出さなければ同意なき公開買付けに近い色彩を帯びてきてしまうし、特別委員会の相当意見がなければコンフリクト等について疑義が生じかねない。④、⑤、⑨、⑩も、このような案件で通常合意される内容である。⑫は、本件固有の前提条件であるが、東芝としてはネット・デッドが予想値を上回らない自信があったのだろう。

 

さて、興味深いのは上記以外の前提条件だ。

 

まずは⑥のいわゆるMAC条項だ。このような案件では対象者側はディールの安定性を重視することが多く、それが候補者を選ぶ基準の一つとなることが多い。そのため、対象者としてはMAC条項に対する抵抗感が強い。対象者がコントロールできない事情によりディールがご破算になってしまう可能性があるからだ。しかし、東芝はMAC条項に応諾したようだ。

 

対象者の意見表明プレスをみると、2022年10月以降はJIP以外の実質的な候補者はいなかったことが分かる。したがって、もしかしたら同月以降は、JIPが交渉上優位な立場にあったのかもしれない。JIPの立場からすると、ウクライナ戦争、為替相場の乱高下と世相は決して安定しているとはいえないため、MAC条項は必須と思えるからだ。個人的には、MAC条項を勝ち取ったことはJIPの大勝利のように思う。これから何あれば、MAC条項を理由に本公開買付けの実施を取りやめることができる(少なくともその理由付けができる、ひいてはそれを理由により有利な条件を東芝から引き出しうる)からだ。

 

⑧については、剰余金配当がなされると、ネット・デッドの水準が変わり、エクイティ・バリューが変わるからということなのであろうが、剰余金配当に係る株主提案がなされるか否かは東芝としてはuncontrollableであり、これを認めるには抵抗感が強いのではないか?実務的には少額の剰余金配当であればこの前提条件をウェイブすることが握られているのかもしれないが、ここからも東芝に交渉力がなかったことが認められるようにも思える。私が東芝の代理人であれば、剰余金配当に関する株主提案にthresholdを付け前提条件になるべくヒットしないようにするか、CPにはせず、キャッシュが減った分についてのみ公開買付価額の変更を認めるような建付けにしたかもしれない。

 

⑦についても味わい深い。ここだけを見ると経営陣を一掃するようにも見えるが、「本公開買付け後の経営方針」をみると、これまでの経営方針を継続するとも記載されており、かつ、経営陣は現時点では決まっていないとの記載もある。これまでの経営方針を継続するのであれば、経営の継続性の観点から経営陣は残しておくべきにもかかわらず、経営陣は現時点では決まっていない。買収後の経営方針については不安を抱かざるを得ないような生煮えの開示になってしまっているが、この点は経営の根幹をなすところであり、関係者の合意がとれなかったのであろう。

 

なお、本取引後における公開買付者、公開買付者親会社、当社の役員に係る具体的な人選は本日現在において実施していないとのことです。…加えて、本取引後の当社の経営体制は、本取引後に当社との間で協議の上決定する予定であり、また、本取引後の公開買付者及び公開買付者親会社の経営体制については、本取引後、本関連ファンドと協議の上決定する想定であるとことです。公開買付者は、当社の取締役に対して、本スクイーズアウト手続の完了を条件として当社の取締役を辞任する旨の辞任届を提出することを求めていますが、これは、必ずしも当社の取締役の総入れ替えを意図しているものではなく、当社の取締役が本スクイーズアウト手続の完了を条件として辞任した上で、今後の公開買付者と当社との協議を踏まえて決定される新経営体制を発足させることを意図しているとのことです(そのため、辞任した上であらためて取締役に就任する者がいることもあり得るとのことです 。)。

 

少し長くなってきたので今日はここまでとし、明日以降に3.乃至5.について感想を述べたい。

AI時代の法律業界?

はじめに

 

AIの進化には驚かされる。GPT3からGPT4の進化は非連続的なものを感じざるを得ない。私は法律家なので気になるのはやはりBar Examの正答率だ。米国の全州統一の司法試験の結果について見ると、GPT3.5では213/400のところ、GPT4では298/400となったようだ。これはどうやらTop 10%の結果らしい。

 

日本の旧司法試験を解かせてみたというツイートを見かけた。結果としては、まだまだといった印象を受けたが、時間の問題であることは明らかだ。日本の司法試験の結果がふるわなかったのはGPT4がアクセスできる日本の法律の情報量が十分でなかったからであろう。

 

法律問題を解決しようとするとき、日本の弁護士の誰もが条文を見て、紙の本を見る。これが弁護士の基本動作だろう。しかし、私が米国で研修した事務所ではこのような動きをする弁護士はほとんどいなかった。大手判例検索会社が法律情報を体系だって説明したあんちょこを用意しており、彼らは法律問題を解決するためのそのあんちょこを見る。Open AIがこの情報にどこまでアクセスできたかは不明であるが、このような情報に仮にアクセスできたとしたのであれば、米国の司法試験でもTop 10%の結果が出せるのも頷ける。

 

権利関係の処理が難しいであろうが、例えば、Legal LibraryとOpen AIが競業したら、日本の司法試験も解けるようになる日は近いであろう。

 

AI時代の法律業界のストーリーその1ー中小事務所の躍進?

 

弁護士業界のGame Changeの日が近づいているのをひしひしと感じる。

 

ストレートに考えると、中小法律事務所はチャンスの時代が到来しているように思える。大型M&A(それに伴うLDD)、不祥事対応、米国訴訟対応、大型倒産事件、これらの案件は多くのマンパワーが必要とされ、主に四大と言われているような大規模事務所でしか対応できなかった。そして、これらの大型案件が大規模事務所の収益の柱となっており、彼らの地位を盤石にしていた。しかし、数年後はAIを駆使すれば、中小規模でも大型案件を取り組める時代が来るだろう。参入障壁が高かった大型案件の参入障壁がぐっと下がり、ここの競争は激しくなるはずだ。

 

他方、大規模事務所は、多くの人を雇っており、これまでの規模・収益を維持できるかは大きな疑問符が付く。いわば独占していた大型案件は中小規模の事務所にシェアを一定程度は奪われてしまうであろう。また、大量の文書のレビュー、基本的なドキュメンテーションの多くはAIが代替すると思われるので、(レビューという作業は人間に残るものの)タイムチャージという請求方式をとっている限り、これまでのような金額感のリーガル・フィーを請求することはできないであろう。さらに、高額の賃料・バックオフィス人材に対する人件費等の間接費は、中小規模の事務所と比較して、相当程度大きいはずだ。そのようなことを考えると、大規模事務所の将来は暗いものと言わざるを得ない。

 

AI時代の法律業界のストーリーその2ー大規模事務所の寡占化?

 

しかし、本当にそうなのだろうか、とも思う。秘密情報の問題等を考えると、今後は汎用的な法律専門AIをベースを各事務所が導入した後は、各事務所が自らのAIをカスタマイズしていくのではないのだろうか?これが正だとすると、事務所が保有するAIの質は事務所に所属する弁護士の質と案件の数に左右されることとなる。そうなると、弁護士と案件の質・量を考えると、大規模事務所にやはり一日の長があり、大規模事務所が保有するAIの質が他の事務所が保有するAIの質を圧倒するかもしれない。

 

このストーリーの場合、ある種勝負あったで、逆に中小事務所はかなり厳しい立場に立たされる。大規模事務所は安価で良質のサービスを大量に提供でき、それがゆえにさらにAIの質が向上し、さらに安価かつ良質なサービスが提供できるようになる。いわばネットワーク効果が働いている状態だ。大規模事務所が今まで取りこぼしていたいわゆる細かい案件も対応できるようになり、中小事務所を駆逐するという将来像も考えられる。

 

AI時代のために何をすべきか?

 

だが将来は誰にもわからない。私が予想した未来以外のストーリーもあるはずだ。法律事務所はこのような不明確な時代をどのように生き残っていけばいいのであろうか?

 

どうやらAIと弁護士が協同することは間違いない。これまでは法律事務所のKSFは弁護士の質と考えられていたが、どうやらこれからは弁護士「と」AIの質になりそうなことは間違いない。したがって、私であれば、一刻も早くAIを導入し、1秒でも早くAIの教育にいそしむだろう。AIを上手に教育するには、法律家だけでは足りない、AIの仕組みを分かっているプロフェッショナルが必要だ。したがって、IT人材も雇い、弁護士と一緒に自社のAIを強化する体制を整える。

 

またタイムチャージ制の撤廃も重要なイシューだろう。丁寧に、だが、可能な限り迅速に、タイムチャージ制を撤廃し、AIに対する投資も回収できるようなフィー体系に変更する。タイムチャージ制を維持している限り、右肩下がりは避けられない。まずは赤字覚悟で、fixed feeに変更するのはどうだろう?Fixed feeであれば、かけた時間ではなく、数で売り上げを作ることができる。優秀なAIがあれば、数をこなすことは簡単なはずだ。それか、弁護士のタイムチャージだけでなく、AIの使用量も請求するスタイルにする。案件に関連して、AIに読み込ませた情報量及び出力した情報量をそれぞれ請求するのだ。これであれば、大型案件での高額なリーガル・フィーを正当化できるし、依頼者としても納得感があるかもしれない。

 

世の中の仕組みがガラッと変わるので、法律事務所もガラッと変わる必要がある。この変化に取り残される法律事務所から淘汰されていくのだろう。時代の流れに淘汰されないように常に柔軟性を持っていたい。

秘密保持契約における目的外使用その2:情報の色付けの可否について

 

はじめに

今回は前回に続く秘密保持契約(NDA)に関するエントリーである。

前回の記事はこちらから:

 

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さて、前回の記事は目的外使用について記載したが、今回は情報は色付けできるか?という点について検討してみたい。

 

前回の例で考えてみよう。前回は、A社のM&Aを検討した金融機関の審査部の担当者が、後日、別の商取引(コーポレートローン?)の審査をする場合を検討した。この場合、ウォールを敷いて別の担当者が担当すればよいのではないか、という考え方を示したが、一見これは正しいように思うが、これはある前提に基づいていると思う。情報が色付けできるということだ。前回と同じような例で考えてみよう。

 

甲乙Aの例

 

例えば、金融機関甲の担当者Xは投資会社乙が行うM&Aに対する融資を検討する際に甲との間でNDAを締結した。

甲-NDA(甲乙)-乙

 

担当者Xは、かかるNDA(甲乙)に基づき、乙からA社の直近の財務情報を取得した(本財務情報)。本財務情報によるとA社の業績は急激に悪化しており、これに基づきXは乙に対する融資を中止した。

 

その3か月後、甲の担当者YはA社からコーポレートローンを直接依頼された。YはA社とNDAを締結し、Yも本財務情報を取得した。

甲-NDA(甲A)-A

 

Yも、Xと同様、A社の業績を懸念しコーポレートローンを断った。

 

この場合、いずれも本財務情報を使用しているものの、乙に対する融資を断ったXとコーポレートローンを断ったYは異なるので、一見問題ないように見えるものの、甲という主体で考えるとどうだろう?甲は、本財務情報は乙に対する融資にしか使用してはいけないにも関わらず、Aに対する融資を断っている。NDA(甲乙)の観点からいえば、これは目的外使用に該当してしまうのではないか?

 

NDAの前提

 

多くのNDAでは、目的外使用が禁止される秘密情報は、「情報開示者が情報受領者に対して開示した情報」といった形で規定されている。この規定は、情報開示者が開示していない情報であれば、同じ情報を第三者から入手した場合であっても、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しない、と読み込むこともできそうである。したがって、情報には色が付けられることを前提にした規定とも読める。

 

他方で、多くのNDAでは、「第三者から秘密保持義務を負担せずに取得した情報」については、目的外使用が禁止される秘密情報に該当しないとしている。この例外規定の趣旨は、情報受領者が秘密保持義務を負担せずに取得した情報を自由に使えるようにするためと考えられており、これ自体は正当であろう。しかし、これは逆に言うと、第三者から秘密保持義務を負担「して」取得した情報は、目的外使用が禁止される情報に該当するということになる。この例外規定まだ読むと、通常のNDAが情報には色が付けられないことが前提となっていると言えるだろう。

 

しかし、これを前提とすると、上記の事例では、上述のとおり、甲は、NDA(甲A)に基づきA社から取得した本財務情報は、NDA(甲乙)上では目的外使用が禁止される情報にあたるということになり、これをA社のコーポレートローンを検討した甲はNDA(甲乙)を違反したことになるという結論になってしまう。これはいかにも具合が悪い結論であるが、巷にあふれているNDAはこの問題は見過ごされているように思われる。

 

解決の方向性

 

当事者の合理的意思解釈という視点で考えると、今回の例でいえば、乙は、甲がA社から本財務情報を取得し、それをコーポレートローンに使用することを禁止する趣旨ではないと考えている可能性が高いし、甲としてもそのような使用が許されていると考えているだろう。この背景には、情報は色付けすることができるというという考えがあるようにも思われる。したがって、一つの解決の方向性としては、NDAにおいて情報が色付けできることを前提とした形にする、具体的には、第三者から取得した情報は秘密情報に含まれない、としてしまうということが考えられる。

 

しかし、情報開示側からすると、これはあまりにも例外が広く一抹の不安が残る。やはり情報は色付けができないことを前提にしつつ、一定の落としどころを探るのが筋がいいだろう。例えば、目的外使用の禁止に以下のような但し書きを加えるのどうだろうか?

ただし、この規定(目的外使用の禁止)は、第三者から秘密保持義務を負担して取得した情報を、当該取得の目的のために使用することを妨げるものではない。

やはりNDAといえど奥が深い。言葉でルールを規定する以上、どこかで曖昧さや不具合・不都合が生じる。これが法律の難しいところであり、おもしろいところだ。

 

今回紹介した問題は、私の中ではかっちとした結論は出ていないところなので、是非皆さまの意見が聞きたいところである。

秘密情報の目的外使用を遵守することの難しさ

秘密保持契約、通称NDA(Non Disclosure Agreement)は企業法務の世界では初歩の初歩で、私も若いころは千本ノックのようにNDAのレビューをしていた。しかし、年次があがるにつれて、NDAは若い人に任せてしまっており、実はここ数年は真面目に検討をしていなかった。私と同じくらいの期の弁護士はどうなのだろう?まだNDAも手を動かして見ているのだろうか?そんなこんなで少しNDAと離れていたが、前のエントリーにも書いたとおり、うちの事務所にも久しぶりの新人弁護士が入ってきたため、私も久しぶりに新人弁護士とNDAを検討した。今日はそんなNDAの話だ。

(前のエントリーはこちら。ちゃんと弁護士会に連絡して名簿登録しました。)

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NDAには必ず目的外使用の条項が入る。例えば、M&Aを検討するために開示された情報は、かかるM&Aの検討のためにしか使わない、というものだ。趣旨としては納得できる。目的外使用により不測の不利益を被ることを防止するためであろう。ご存知のとおり、M&Aではデュー・ディリジェンスといって、M&Aの対象となっている会社の詳細な情報が開示される。その中には会社の財務情報や紛争状況等々、対象会社が不利な情報も多く含まれる。例えば、この買主が、このM&Aとは別に、対象会社と長年の取引関係にある場合、これらデュー・ディリジェンスで開示された情報を、対象会社との商取引のために使われてしまったら、取引の停止等の不足の損害を対象会社が被ってしまうリスクがある。

では、一般論としてはこれが成り立つとして、金融機関のような多数の情報が集まる企業は本当にこの条項を応諾してもよいのだろうか。金融機関だと審査部が特に問題になるかもしれない。上記の例でいえば、本来的にはウォールを引いて、対象会社に対するM&Aを審査した者が、別の商取引の審査をしないようにすべきなのだろう。しかし、審査部は極めて多数の融資を審査する部署であり、そのようなウォールを敷いてしまうと、実務が回らないという事態に陥ってしまうのではないか。また、金融機関は多数の取引先とNDAを締結して情報を取得すると考えられるから、そのようなウォールを立て始めると際限がなくなってしまうという問題があるかもしれない。

実際に、A社のM&Aの審査をした担当者が、A社との別の取引(例えば、通常のコーポレートローン)の審査をする場合を考えてみよう。当然、その担当者はM&Aのときに使用した情報を直接的には「使用」しないようにするはずだ。しかし、そうだとしても、M&Aのときに使用した情報は多かれ少なかれ担当者の心象に影響を与えてしまうのではないか。もちろん濃淡の問題であるが、このような場合は全く問題がない(目的外使用ではない)、と言い切るのは少し不安がある。心象に影響を与えてしまっている以上、方法を無意識的に「使用」したという主張も全く筋がないというわけではないからである。また、この問題が表面化するリスクの程度を考えてみても、M&Aも実らず、コーポレートローンの審査に落ちてしまったら、いわば逆恨みでA社が上記のようなクレームをしてくるリスクは否定できないように思われる。

したがって、このような場合には、目的外使用の禁止について実はなんらかのカーブアウト文言を入れた方がいいのかもしれない。

目的外使用の禁止という当然の条項でも、実はリスクが潜んでいることがある。そのような事案に応じたリスクを指摘するのが弁護士の役割であり、クライアントへの価値提供ができる部分なのであろう。